第二回 2015福岡 日韓交流フェスティバル NURITSYOで、日韓合同司会をさせて頂きました。韓国代表司会のヒョンジョンさんがとても美しい韓服を着ておられたので、ビーズや繊細な刺繍をほどこした仕立てにうっとりしておりました。ヒョンジョンさんも美しい方ですし(^-^)
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一言で感想を言えば、人間の愛は苦しいけれど、美しい…ということ。
朝鮮の王様と王妃と、王室の衣を作る伝統の仕立て屋さんが出てくる話しなのですが、
王様自体が兄の権力の基に、自分のものは何一つこの世界に存在しない、それが例え王妃でさえも、というくらいの愛情欠乏症。
そんな繊細な王様の心情が王妃との間に心と身体の距離を作ってしまい、王妃は自分の居場所を感じられない孤独と寂しさに日々を過ごしていた。
王様が小さい頃から3代仕えてきた仕立て屋は、唯一王様に自分の服を作り自分のものとして与えてくれた存在であったから大切にされてきた。
しかし王妃が王様の服を台無しにしてしまった出来事がきっかけで、若手のセンスあるデザイナーが王室に呼ばれ、その実力を認められ王様や王妃の服を作ることになる。
彼は心密かに王妃に一目惚れし、彼女が王様に無視されないよう、最高に輝かせる服を作ると約束する。
しかし、圧倒的な王妃の衣の美しさで、その才能を見せつけた清の使徒を迎える宴。以前から蓄積していた仕立て屋の嫉妬が爆発する。デザイナーの優しい人間性に彼を好きだと思い、才能を認めたい気持ちと、今まで構築してきた全てを破壊され奪われることに対する恐怖と憎しみが、王様、王妃、デザイナー、そして自分自身をも悲しい道へと向かわることになる。
王妃を守る為、自ら濡れ衣を被り死刑への道を選択したデザイナー。
昼間の青い空の中にいつか仕立て屋と一緒に見た月を見上げながら、
笑顔で目を閉じて討たれ死んでいったデザイナー。
そして自分を守る為に死んでいった悲しみに苦しむ王妃。
死んた後のデザイナーの遺品の中に、出世した時には自分が貴方の服を作るからと話していた作りかけの服を見つけ、自分がしてしまったことへの深い後悔に涙する仕立て屋。
そして王様と王妃の孤独も決して解決することなく…
人間は、自分と自分以外を分けて固定して存在させてしまう。
そう認識することしかできなかったが故に、すべてが全部自分であり、自分でないものが一つもない、つながりを観ることができず、ずっと苦しんできた。
足りない、出来ない、分からない、知らない、ない、ない、ないと。
分けてしまい、全体や共通、完全が観れないから、つながっている愛を感じられない。
足りる、すべてがあるを感じられない。
そんな観点を土台に、自分を存在させ、相手を、宇宙自然を、すべての物を、存在を認識してきた悲しい歴史。
その観点だけに固定されていたら、人間はいつまで経っても幸せにはなれない。
そのことを骨髄深く感じさせてくれる映画でした。この自分と自分以外を分離する認識の構造は、この封建時代から産業社会、情報社会へとプレートが変わっても全く変わっていないから。科学技術は発達したのに、認識構造は全く進化がないのだから。
本当に悲しくて悲しくて、涙が止まらない映画でした。
人間かわいそう、このままではかわいそう。。
脳の外、存在の外、観点の外にその答えがあるから1日も早く出会って欲しい。そう感じた映画でした。
韓服の刺繍の一針一針に、その涙を感じ、何か苦しいけれど尊く美しいなと思いました。




