朝青龍引退のニュースに* | ー Dignified eleganceー 今ここを最高に美しく☆認識を美学する

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先日横綱朝青龍が引退しましたね。

もうずっと前から、横綱としての「品格」と「強さ」を

問われて角界を騒がせていましたよね。

 

様々な記録を塗り替え、歴代の力士の中で、

最も強い、実力のある力士として認められて

いたと思います。

 

甥っ子のじんは、お相撲が大好きで、先場所は

両国国技館にまで応援に行って優勝を喜んで

いたばかりの出来事でした。

 

妹が「じんは、大きくなったら何になりたいの?」

 

という質問に、

 

 

「じんは、朝青龍になりたい!」目

 

と目をキラキラさせていたじん。キラキラ

 

 

引退のニュースが流れたときに

「もう、朝青龍は見れないんだよ。」と

話して聞かせる妹に、

 

「ママ、どうして?!

なんで、朝青龍はお相撲しないの?!

見れないの?!」と悲しそうに聞くのです。

 

 

その様子を聞いて、思うのです。

 

 

「私たち人間は何故、起こした問題を

根本原因から、一掃解決できないのか。」

 

これは、私の人生の中で一貫した命題でした。

 

 

問題の原因は、個人個人のマインドームが

生み出す、根本判断基準の摩擦・衝突によって

すべて引き起こされています。

 

相撲協会側の判断基準と朝青龍側の判断基準

それを取り巻く様々な環境に属す人や組織の

判断基準

 

角界が主張する横綱としての「強さ」とは何か?

「品格」とは何か?朝青龍が思うそれらに対する

イメージは全く違うのです。

 

なぜ?

 

育った環境やインプットした情報データも違うし

判断基準に不完全性異質性があるからです。

 

どこで、どのようにそのイメージを共通認識できる

のでしょう。そのイメージを疎通させることができない

状態で、誰が正しくて、誰が正しくないというのは、

根本的に間違っています。その立場からすれば、

すべての判断基準が正しいのです。

 

つまり、バラバラの判断基準をすべて融合し、

溶かし、意識イメージをゼロ化し、

誰もが納得できる新しい秩序を生み出す能力

私たち人類には欠けていたのです。

 

能力という言葉を、私たち人間は良く使いますが、

そもそも、能力とは何でしょうか?

 

能力とは、多種多様なあらゆるすべての問題を

いかに一掃解決できるのか、

つまり「問題解決能力」ということなのです。

 

私たち人間は、現代社会において実に様々な問題

に囲まれて生きています。

 

そして、それらを解決するために、いろんなやり方を

思考錯誤しながら実践し続けていますが、

1年、3年、5年、10年、20年、30年・・・・・∞

莫大な時間とお金を費やしても、

「それは解決していないのだ」という現実を認め、

 

だとすれば、これは明らかにやり方が間違っている

ということは、思い方が間違っている

ということは、根本のあり方が間違っている

根っこにある原因ひとつを解決する方向性に

視点を移動させるべきだ、と私は思うのです。

 

それは、残された子どもたちの未来に対する責任

ではないでしょうか?

 

しかも現在、5次元イメージというイメージ言語、

認識技術を使ってそれらを一掃解決する

イメージ道具まで生まれ、日常に実用化され、

ビジネス化、産業化までしっかりとシステム化

されているのです。

 

私が親ならば、当然それを自らの目で学び検証し、

確認するでしょう。

 

どうしてしないことがあるのでしょうか??

 

私たち人間が永遠にこれらの問題を解決する能力

を身につけない限り、悲しい現実に涙を流し、こうして

着実に諦めと絶望を蓄積していくのは、他でもない

私たちの子どもたちなのです!!!

 

Stop here!!

悲しい歴史はもうここで止めましょう。

 

愛らしい子どもたちの笑顔を守っていくために。

 

ごめんね、、じん。

泣かないで。

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