その「イラッ」は自分じゃない
久しぶりの更新です。
少し長くなるので、
いきなり本題に入りますね。
人は「イラッ」としたら、
「自分が」怒ってる。
そう思いますよね。
子どもが言う事聞いてくれない
あの人の言動が許せない
もちろん、きちんと注意をしたり
怒りを表現する事が必要な事もあるでしょうが、
怒ってると思っている事そのものが
もし、違ったなら?
「自分が」怒ってるのではなく、
自分が怒ってると「思い込んでる」のだとしたら?
もし、それが事実だとして、
その事に自分自身で気がつけたのなら。
「怒り」から少しでも解放されて
今より軽やかに生きていけると思いませんか?
この土日は夫に「イラッ」としてしまいました。
まず土曜日の朝、起き抜けに洗濯物を畳んでくれていた夫がこう言うのです
「この娘ちゃんの洗濯物、ここに置いておくね」
それは保育園で使うものだから、以前、畳んだ後は保育園のカバンに入れておいてと頼んだ物です。
「え?!それ、前に入れておいてって言ったやん!」
「えーやん、それくらいやっといてーや」
実はこの日、夫は仕事で私は休み。
普段なら「まあ、しょうがないか」で終わりそうなものですが、私も一週間の疲れが溜まっており、無性に腹が立ってしまいました。
そして、何と私はブチ切れてしまい、最終的に大喧嘩になりました。夫婦喧嘩というのはきっかけは些細なものです。
その大喧嘩がやっと落ち着いた日曜日の夜。
なんと今度は夫が冷蔵庫開けっぱなしで中の飲み物を飲んでいるのです。それこそ前に「飲む時はドアを閉めて飲んで」とお願いしていたのに。
やはり「イラッ」と無性に腹が立ちましたが、せっかく喧嘩が落ち着いた所だったので、言わずに我慢しました。
その後眠ろうと布団に入り、
そしてはたと気づきました。
今まではこの「イラッ」が自分のもので
イラッとならないようにしなければならないと思っていたけど。(普通そう思いますよね)
でも私、怒りに同化していただけで、
怒りを自分、もしくは自分のもの、大事にしないといけないものと思っていただけて、
実は「イラッ」は外部から付けられたモノで、
自分本来の姿ではないのでは、、と。
人は父親と母親のハーフ&ハーフなのだそう。
私の場合、
今回のこの怒りの感じはまさしく母親譲りな感じです。
母もよく、私や妹が言う事を聞かないとカッとなっていました。
その心の裏には、相手が自分の言う事を聞かないと大変な事になると言う強迫観念めいたものが奥底にありそうです。
そして、そのパターンを、そっくりそのまま私が引き継いでいるという訳なのです。
明日からは同じシチュエーションになっても、
夫に対して少し違う感情が抱けたら良いなと思います。
まあ、それを狙うとまたずれてくるんですけどね。
「何もない」のに、わざわざ「マイナス」にしてる?!
旅行中気づいた事がもう一つありました。
それは、
「プラス」を感じたいために、わざわざ良くも悪くもない「何もない」状況を「マイナス」にしているのでないか
ということ。
「成長」や「向上」あるいは「お得」というものがあると思っていたけど、
そういうものはただの見せかけでしかなく、
私達人間が勝手にプラスやらマイナスやらを貼り付けているだけで、
極論を言えば
人間の作ったプラスやマイナスなんて、
宇宙から見たら大差ないに等しいのかなと思ったり。
私ってば、もう、本当に、
無意識のうちに少しでもプラスを得よう、プラスに行こうとしていて、
とにかく、様々な状況をいちいちプラスかマイナスか判断し、少しでもプラスに変えようとしてる。
そうじゃないよ!
そんな事をしててもしんどいだけで幸せになれないよ!
こっちが真理なんだよ!!
そう、自分で自分に言っているブログです。
お疲れ様、私
連休中は小旅行に行っていました。
義父母、義兄、夫、私の五人の大人をもってしても、自己主張の強い1歳児との移動や外食は大変です。
加えて義父母や義兄に対してもっとああすれば…こうすれば…というシーンもいくつかあり。
でも、とにかく、
お疲れ様、私!
本当によく頑張った!!
プラスの自分にも、そして、マイナスの自分にも、両方ともに感謝感謝!!
旅行という素晴らしい体験が出来たこと、その中のマイナスの体験が出来たことにすらも、
感謝感謝!!
マイナスを受け入れれば受け入れるほど、
同じ大きさのプラスも受け入れられるようになるから。
マイナスの自分を受け入れれば受け入れるほど、
その分プラスの自分も受け入れられるようになるから。
これを読んだあなたの気持ちが少しでも軽くなりますように😃
