前回、日進市の福島産花火取りやめ問題をとりあげ、中部大・武田邦彦教授の反応について言及した。
今日はその続きである。
今回の日進市の花火大会に福島産のものを使用して欲しくないという市民はいると思う。この人達の科学的な知識の多寡や、感情の制御について問うても始まらない。しかし、多くの人達がそのように感じているような雰囲気で、いささか閉口する。
日進市の姿勢にも多少疑問を感じる。
取りやめ要請が単なる五月蠅い存在と考え仕方なく取りやめたのではなく、妥当だと思ったのではないかという疑問。
いずれにせよ、自分たちの保身のために市職員が行動したと言われても仕方がない。
しかも、福島まで市長が謝罪しに行くなど、この市政の事なかれ主義に驚かされる。
これなら、まだ中部大・武田邦彦教授の方が多少の哲学を感じる。
ここからが本題だが、
どうしてこういう問題が起きるのであろうか?と考える。どのようなことが問題の本質なのかと。
この中部地方の都会に約一年住んでいて気付いたのだが、他人の事は無関心で、自分のことで精一杯というような姿勢が目につく。これは自分の思い過ごしなのかもしれないが、そう感じる事が多い。
他の都会に住めば、同じかもしれないので、中部地方特異的なものではないと思っている。
「絆」「ひとつになろう」など、3.11以来多くのスローガンがあったが、結局は日進市民や市職員の対応など、全くひとつになるどころか、己に一切の迷惑をかけないで欲しい、迷惑を福島の人で引き取って欲しいというような気持ちである。福島の花火職人にはなんら責任がなくても、こちらに迷惑をかけるのを止めてくれればそれでいい。
震災後、海外のメディアが、実に日本人の規律正しさと道徳心の高さを礼賛して、またそれを嬉々として国内メディアが伝えた。あたかも自分たちの誇りのように。しかし実のところ、都会を中心に自分中心主義は十分に蔓延しているのではないか?海外メディアが驚嘆したのは、東北人の規律の正しさや道徳人の高さであって、都会人のそれではないのではないかと思うのである。
今日はその続きである。
今回の日進市の花火大会に福島産のものを使用して欲しくないという市民はいると思う。この人達の科学的な知識の多寡や、感情の制御について問うても始まらない。しかし、多くの人達がそのように感じているような雰囲気で、いささか閉口する。
日進市の姿勢にも多少疑問を感じる。
取りやめ要請が単なる五月蠅い存在と考え仕方なく取りやめたのではなく、妥当だと思ったのではないかという疑問。
いずれにせよ、自分たちの保身のために市職員が行動したと言われても仕方がない。
しかも、福島まで市長が謝罪しに行くなど、この市政の事なかれ主義に驚かされる。
これなら、まだ中部大・武田邦彦教授の方が多少の哲学を感じる。
ここからが本題だが、
どうしてこういう問題が起きるのであろうか?と考える。どのようなことが問題の本質なのかと。
この中部地方の都会に約一年住んでいて気付いたのだが、他人の事は無関心で、自分のことで精一杯というような姿勢が目につく。これは自分の思い過ごしなのかもしれないが、そう感じる事が多い。
他の都会に住めば、同じかもしれないので、中部地方特異的なものではないと思っている。
「絆」「ひとつになろう」など、3.11以来多くのスローガンがあったが、結局は日進市民や市職員の対応など、全くひとつになるどころか、己に一切の迷惑をかけないで欲しい、迷惑を福島の人で引き取って欲しいというような気持ちである。福島の花火職人にはなんら責任がなくても、こちらに迷惑をかけるのを止めてくれればそれでいい。
震災後、海外のメディアが、実に日本人の規律正しさと道徳心の高さを礼賛して、またそれを嬉々として国内メディアが伝えた。あたかも自分たちの誇りのように。しかし実のところ、都会を中心に自分中心主義は十分に蔓延しているのではないか?海外メディアが驚嘆したのは、東北人の規律の正しさや道徳人の高さであって、都会人のそれではないのではないかと思うのである。
