偏屈とアマノジャッキーの一年 | morocoshi-hamming2さんのブログ

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先日、ダイヤモンドヒーローに納品をしたのに、相方が、全くブログをアップする気配がない。

「半分位は書いたんだよ~(仕事中に)」
と言うていたが、目を合わす気配がない。

こういう時のYTは何か言い逃れをしながら、その全くもってやる気のない様をやり過ごそうというてらいがある。
長年の勘である。

その間も、西表島だかなんだか、私が生徒に絡まれている間に行ってきた写真を見せびらかしている。

「この娘、写真じょ~ずなのね~(うっとり)」
と、自画自賛をしながら、確かに、わりかし、いい写真を見せて来る。
この間、私は、引っ張られるパーカーの伸びを気にしていたわけだ。
それを更に、田辺3姉妹が笑いのネタにするわけだ。きっと、アフレコとか入れながら。
その生徒も全くもって、絡み損。
森羅万象。食物連鎖。かようにして、社会って、廻っているわけですよ。
と、いうことを身を持って体現したわけなのです。

かように西表島の風に吹かれていたものだから、こないだの納品写真がいまいちだったこともあり、アップする気がないに違いありまい。ゆえの偏屈である。なんてたって、自称偏屈である。

その偏屈に、先日、「あづまさん、それは、世に言うあまのじゃくですよ。」と、指摘を受ける。なんと?!偏屈に天の邪鬼と言われる私。
辞書で引いてみると、偏屈以上のへそ曲がりのヒドイ扱いである。
かといって、それほどまでに邪気に満ち溢れているつもりもない。あまのじゃくならぬ、アマノジャッキー位のテイストでよかろうと思う。

それにしても解せない…

そこで、次女考察をしてみる。
YTおよび私、上下に挟まれた次女である。
よって、上も見て、下も見ての精神構造は似ているに違いあるまい。

上を見る。すると、前例があるゆえに、上と同じ道を歩かない。と、決意までしなくとも、自然とそうなる。なぜなら、それは、上がやってくれているからだ。
下を見ると、下は下で、前例の前例を見て育っている分、同じ道を歩かない。もしくは、避けて通る知恵を携えている。

"えらい!えらいねぇ~!お姉ちゃんは感心したっ!"

と、いって、上より、年齢の近い次女はなつくわけである。この時、間違ってもなつかれているわけではない。と、いう所がポイントだ。

そう考えていくと、次女のすること、役割など、兄弟間でないようにも思われる…
と、いうところで、イジケルわけもなく、開き直るのが次女である。そうして、好きに動くことが次女の残された道になるわけである。
その動きに、次女は全くの疑問も感じていない。かなり、素直である。
それは、お前の好きにしてるだろ…ということで、偏屈となり、あまのじゃくとなり、世間様には映るのである。

次女の正直は世間の誤解を生みやすいことはしごく、承知していることなである。

その素直な偏屈とアマノジャッキーが、先日、足を向けた先は渋谷のWWW。映画館のような作りのライブハウス(?)GOMA& The Jungle Rhythm SectionのLive

壮絶なディジュリデュとドラムセッションに偏屈とアマノジャッキー。しばし、放心。

帰りのカフェで次女組、『記憶』について、しばし考えた。

と、いうのも、このGOMAさん、高速道路事故で、高次脳機能障害で一時、楽器を忘れるところから3年で、このライブである。

驚異的である…

と、カフェで、2人で何度も呟いた。

そもそも、GOMAを知ったのはいつだっただろう。
ディジュリデュという楽器の存在を知ったのはいつだっただろう。
GOMAが楽器を思い出す前に突然絵を描き出した!という個展を観にいったのはいつだっただろう。
私の記憶も、前後左右がごちゃまぜになってグラグラと揺れる。それこそ、その当時、時を共にしていた人達の顔が、フラッシュバックするようにビュンビュンと通過していく。

今回、そのフラッシュバックしてくる記憶と、過去の写真を繋ぎ合わせていく映画が上映されるという。
GOMAさん「高級なアルバムを作ってもらって・」と笑っていた。
なんて、丁寧な作業だろう。
その裂かれた記憶の繋ぎ合わせの作業。紡いで紡いでいく、周囲の人の暖かさを感じる。

記憶とは、しごく、あいまいなものだ。
人はきっと、あの時ついた嘘も、あの時吐いた暴言も、その時流した涙も全部全部抱えていくから、ほんのばかし、重たくなったり、いびつになったりしていくことも多いと思う。

でも、全部の記憶を失っても残っていたものが今のGOMAという原初の形だとしたら、
なんて、きれいな形なんだろうなぁとひとしきり思った。

記憶が消えても涌き出てきた絵やディジュリデュの音。私達が眼にするものはそれだけであっても、それだけでも十二分に周りで支えてくれている人達までみえてくる泣けるライブだった。

「事故を憎む日々が続いたけど、今、こうしていられると、事故にも感謝しないと」

というGOMAの言葉に偏屈とアマノジャキーは本当に泣きそうになった。

事故の痛みや、記憶が消える中での生活は私達の想像を越えるけれど、憎む日々は偏屈とアマノジャッキーにもあって、お互い遠い目をする。そして、それを越えた次元のエネルギーに胸を打たれるのである。

「全てを忘れて楽しんでいってください!」

と言う、GOMAのことばに
「全て忘れちゃった人に言われちゃったね。」
「ねっ。」

と、楽しんできた次第にございまする。
ほらね、素直。

このような調子で、もう「よいお年を~」
な気分なモロコシハミング。
今年は本当にどんなイベントもハズレなし。で、楽しんでまいりました。
相方に至っては夏の体調不良も忘れる兆し(記憶とはかようにもあやふやなものです)
の廻りのよい一年でした。

今年度、最後になるかなぁ~という納品も、来週に行います。年内に相方にも、ブログのアップもしてもらいたいものです。

わたくしアマノジャッキーAZあづまより送りだしますのはこちら↓

冬の風物詩。ニードルフェルティングによる魔除け効果高い鳥シリーズにございます。














ふふふ。絵馬の羽のようにして合わせお使い下さい。

皆さんよいお年を~

モロコシハミングは年末の浮かれ時期にイソガシクなりますので、くれぐれも話しかけないで下さい。

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