birth』  山家望

  太宰治賞2021受賞作

 

 

 

 

 

この作品の中に引き込まれた。

 

作品の中の主人公を、ずっと目で追っている、その物語の中に自分も登場しているかのような錯覚に落ちるくらい、引き込まれた。

 

主人公の女性は、幼いころに施設に預けられ、高校を卒業するまで施設で育った。

母親との繋がりは母子手帳だけだった。

女性は施設を出て自活をするようになって、ある日、別の人の母子手帳を拾う。

その拾った母子手帳に対する主人公の思いや、主人公が自分はひとりぼっちだと思っている心の中の声が、ずっと聞こえてきた。

 

主人公はひとりぼっちかもしれないけど、ひとりぼっちじゃない。

職場の編集長も気にかけてくれている。

でも、たぶん、主人公はそれに気づいていない。

今までの経験から、それが「自分を心配してくれている」って気づかないんだろうな、と思った。

いつのまにか、

「私もあなたを心配しているし、あなたの幸せを願っているよ。」

と、

主人公に会って伝えたくなるくらい、

物語に引き込まれた。

 

境遇だけでその人の人格が形成されるわけではないかもしれないけど、少なからず、影響は受けていると思う。

その反面、その人の境遇だけで、人格を断定する動きは、ときに嫌悪感を抱く。

山家さんの言葉たちは、主人公の境遇を「かわいそう」とかって単純に扱っていなくって、だから、物語の中に自分が吸い込まれた感覚があった。

 

俯瞰しているけど、冷たくない、あたたかく主人公を包んでくれているような。。。

 

読んだ後も、主人公が実在しているような感覚だった。

 

選評で「主人公の境遇をもてあそぶのではなく、起こる物事について何を感じるかということでその人物を充分に表現できていて、それだけで文章を読ませることに成功している」とあって、

どんな場面でも、「もてあそぶ」という行為は、人を傷つけるから、この選評に納得だった。