汝の敵を愛せよとは… | PETIT♪COCO☆ルーム

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今日は 三浦綾子さんの 「なくてならぬもの」の中のお話をします。


三浦さんは 「氷点」で
自分の子供を殺した犯人の子供を育てて 、
妻が他の男と会っている間に 子供が殺されたことを 妻に復讐をするお話を書いていますが、
三浦さんが ある牧師さんから聞いた 本当のお話があります。


岡山の教会にいるTさんというご婦人がいました。
彼女は 未亡人で 優秀な一人息子がいて 大事に大事に育てたところで 戦争に取られました。

戦争が終わって無事に帰ってきて 喜んでいたのもつかの間
肺病になってしまいます。

肺結核の療養所に入って 長年療養して だんだん良くなって

外気小屋といって 療養所の外で自炊ができるところで生活できるくらい丈夫になって

退院が決まった。

しかし その日待っても待っても帰ってこないので 見に行くと

息子さんは 外気小屋で殺されていました。

犯人は 療友でした。

それからTさんの苦しい日々は始まります。

祈っても祈っても 祈れない言葉がある。


「我らに 罪を犯すものを
我らが許すごとく彼らの罪をも許し給え」という。

これが祈れなかった。

当然ですね…
自分の息子を殺した相手を簡単に許せるわけがありません。

「私に悪いことをした人を私は許しますから
神様、私を許してください」という祈りです。

私たちは原罪を持っていますから 日々祈っているのですが
人の罪を許すことはなかなか言えない。


Tさんは 毎日毎日苦しみ
遂にある日 「私はあなたを許します」と便箋に書きます。


絶対に書くことができないと思った言葉が
口から ペンから出た
そのときに、

後ろから 大いなるなにものかの力にささえられるような気がしたそうです。

人間が 人間の行為のなかで 一番難しいのは
我が子を殺した相手を許すことではないかと思います。

このTさんは この相手のために面会に行き、
そして、減刑運動を自分のお金を出して始めました。

遂に 相手は洗礼を受けました。

そして、
刑務所を仮釈放されて 真っ先に向かったのが Tさんのところでした。


Tさんは その人を一晩家に泊めました。

もう歳をとられたTさんが
自分の息子を殺した犯人と 親子のように 一つの家に寝ることができたのです。

この話を読んで
胸が一杯になりました。

私にはできるだろうか。

これが 汝の敵を愛せよという ことですね。


私は クリスチャンでもないため 神様という言い方をする時に 使っていいのかなと
ちょっとためらいがありますが、

私個人的には
神様は 遠いところで見守ってくださる存在ではなく

私たち 一人一人の心の中に 必ず存在していて

私たちを温かく 幸せに導いてくれるものだと思っています。


神の愛の力は 大きくて強く 素晴らしいものです。

自分を許すことも、相手を許すことも容易ではないけれど、

それを受け入れる 気持ちを持てるようになれることが 自分を愛することにも繋がっていくのかなと思います。


許せないと 結局は自分をつらい状況においたままになって
さらに追い詰められてしまうような気がします。


ものであれ人であれ、自分の大切なものを傷つけられた苦しみは
本当に深いものでしょう。

でも いつかは立ち直っていかなくてはなりません。

そのきっかけになるのが 目に見えない愛だったりするのかなと思います。


自分で決断して踏み出すのも
何かに背中を押されて支えられたように進むのも
やっぱり 最終的に決めているのは 自分自身ですね。


だから 自分を愛することや 信頼することは
とっても大切なのだと思います。


私は 幸せなことに 周りに敵は全くいませんキラキラ

これからも ずっと憎むことなく 穏やかに生きていけますように。


皆様も そうでありますようにキラキラ


今日も読んでくださり
ありがとうございましたドキドキ