艱難は悪いものなのか よいものなのか☆ | PETIT♪COCO☆ルーム

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今日のお言葉は
三浦綾子さんの『なくてならぬもの』からいただきました。


短歌の選者をしている夫のもとに、
水野源三さんから歌が送られてきました。
水野源三さんという方は、寝たきりで、小さいときから口も手も利かないで、それで伝道した方ですけど、
この方が、寝たきりのそういう生活のなかで、やがて亡くなるという前に作った歌を申し上げます。

「幾度もありがとうと声に出して言いたしと思いきょうも日暮れぬ」

私たちは口が利けますが、幾度も幾度も ありがとう、ありがとうと言いたい思いで生きているでしょうか。

私たちにはいろいろな艱難(かんなん)があります。
艱難が果たして私たちにとって悪いものなのか よいものなのか。
それは、本当に皆さんのこれからの生き方にかかっているのではないかと思います。

長島愛生園の精神科医をした神谷美恵子さんが、
21歳のときに療養所に見学に行ったときに創った詩を申し上げます。
21歳の若い女性がハンセン病の人を見て、
目が潰れたり、指を失っていたり、声も出なくなったりしている人たちをみたらどう思うでしょう。
悪いけれど、私だったらとてもそこに行く元気も勇気も愛もないかもしれない。まともに見ることができないかもしれない。
神谷美恵子さんはそこに行って こういう詩を創った。

「どうしてこの私ではなくてあなたが?

どうしてこの私ではなくてあなたが?

あなたは代わってくださったのだ。

あなたは代わってくださったのだ。」

弱い人、苦しい人、辛い人を見た時に、
私たちがこのように、あなたは代わってくださったのだという思いを持つことができますならば、
それこそが本当の愛だと思います。
私があなたのために何かしてあげるというのではなくて、
私たちのために代わってくださった、その人に対する謙遜な思い。
そして、神様がいろいろなものを通して、本当に人々を愛してくださっているといることを知るならば幸いです。


と。


私は三浦綾子さんの文章に触れると いつも泣いてしまいます。

普段気が強くて人前では泣かない私ですから、鬼の目にも涙です(笑)

彼女の文章に触れると、自分の汚れた魂が浄化されるような気がします。

私は特にクリスチャンというわけではありませんが、
彼女のお話には深く感じるものが多いです。

宗教とか関係なく 当たり前に愛に溢れた人生を過ごすための素敵な言葉を 三浦綾子さんはたくさん紡がれたのです。

ハンセン病の患者さんへの神谷さんの詩も素晴らしいと思います。

私がそんな風な今まで感じた事があっただろうか。
答えは否ですね。

私たちが、五体満足だったり 健康で毎日過ごせることが どれだけありがたいことか。
それは 当たり前のことではなく たまたまそうだっただけで 奇跡なのですから。

それなのに、ありがとうという言葉すら 普段なかなか出てきません。

体も動かず、声も出ない方が ありがとうと言いたいけど言えない。

私たちの生き方は こんな方たちから たくさん学ばないといけないように思います。

病気を抱えていたり 体調も悪かったり 皆さん様々な悩みも抱えていたり、
辛いことはたくさんあるだろうと思います。

でも、今生きていることをまず感謝していたいです。
そして、ないものや失ったものにとらわれずに、
今あるものに感謝して生きていけたらいいなぁと思います。


今日も読んでくださり ありがとうございます(*^_^*)

今日も素敵な1日でありますように(^_-)
皆様元気に1日過ごされますように祈っていますo(^-^)o