注:かれこれ20年近く前の話です。
今とは医療技術も違うと思います。
甲状腺ガンで入院して、
いよいよ手術当日朝一、病室で注射されて、
ちょっと酩酊状態でベッドのままオペ室へ。
オペ室って寒いんやな。とか思ってたら、
麻酔を吸わされて意識がなくなり…
手術終わってバンバン顔叩かれて起こされて、
また意識なくなって(寝ただけ)、
次気がついたのは狭い個室。
頭はガンガンしてるし、身体は熱いし、
点滴で入れられてたビタミンは臭いし…
開口一番、
頭痛い、熱い(暑いではなく)、臭い!!!
と文句。
見渡しても誰もおらん。
その内、また眠くなって、
次起きたら夕方だったらしく…
看護師さん?が持ってきた夕食が、
考えられへん!
by きむ兄
カリッカリに揚げられたうっすい
トンカツと
ごはんとみそ汁。
…
のど通るか!
いらんわ!!!
(ง🔥Д🔥)ง 暗黒心の叫び
絶対あの病院あほなんやと思う。
で、その日はまた意識がなくなり、
起こされたら朝で。。。
前日より身体の熱は感じんかったけど、
とりあえず、自分の状況を自分でチェック。
何本かチューブに繋がれてる。
相変わらず点滴は臭いし、頭はガンガンする。
で、身体を動かそうとしてみたらば、
オペしたデコルテの辺りは痛い(想定内)。
が、
右腕が動かない
はい、もうパニックですよ。
母親が来てたので、
おかん、あかん!
右腕が動かん!!!!!
なんとかして!
包丁持たれへんくなる!(仕事柄)
うちの母親は離婚後1人で何でもして、
3人娘を育てたくせに、
他人の生き死にとか痛みに弱い。
一緒にテンパる馬鹿さ加減で大変やった。。。
そこに看護師さんが朝ごはん持って登場。
食パンとイチゴジャムと牛乳。
ん、あほやな。
あほ決定やな。
とりあえず牛乳のみ飲む。
先生が出勤するまで待てとの指示で、
小一時間放置。
先生が到着して右腕を診てもらったら、
首の後ろから挿入してるカテーテル(鎮痛剤)が、
腕の神経に干渉して動かないとのこと。
先生
カテーテル抜いたらめっちゃ痛いよ。
それでもいい?
私
痛みなんかどうでもいいので抜いてください。
ここから心の叫び
はぁ?
何言うてんねん!
早よ、抜けや!!!
痛みより、
右腕動かんほうが怖いわ!
あほなんか!!!
心の叫び終了。
カテーテル抜いた瞬間に右腕が戻って一安心。
その日もわけわからん普通のご飯が出て来て、看護師さんに
飲み込めません。いりません。
勘弁してください。
それでやっとお粥が出てきた。
翌日からどこから聞いたか
友達が交代で見舞いに現れ、
色んな柔らかいお菓子を置いて行ってくれた。
ほんま、皆優しかったなぁ
そこから全然病院食の記憶がなくなってる。
その後も傷口が炎症起こして、
退院が2週間延びたり散々やったなぁ(  ̄- ̄)
退院以降1ヶ月くらい微熱が続いたけど、
そのあとはめっちゃ元気になったので、
ガッツリダイエット出来て良かったね
くらいの勢いです。
その後は再発もなく元気で過ごしておりまふ。
慣れたけど、傷口のひきつれ感はあります。
声はちっこい頃からハスキーだったのでわかりません。
でも、高い音は出なくなりました。
マライアキャリーが歌えなくなった。
多少疲れやすい。
手術前と違うのはそれくらいかな?
あ、でも疲れやすいのは年のせいか(๑⊙ლ⊙)ぷ
タイトルの全然怖くなかったのは、
手術のことです。
手術したら、
このしんどさから解放される!
と思ってたからです。
その後のリスクとか考えてなかった。
腕が動かんようになるとか…
何かあっても失うほどのモノがなかったし、
なんしか何とかなる!感が強かったので。
カーラ教授の発想を借りれば、
「エンドルフィンがドバドバ出てた」
んでしょうねぇ。。。
あほってどうしようもないねー(๑¯ω¯๑)