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ブルーハーツ

さて、去る11月8日、舞台演劇や映画&テレビドラマで永年ご活躍され、その世界を支え続けてこられた俳優仲代達矢さんが旅立たれました。

享年92歳。


能登演劇堂での能登半島地震復興公演「胆っ玉おっ母と子どもたち」の主演を務め、次回公演に向けた稽古を始めておられたとのこと。





90代に入ってもなお、役者にこだわり続け、生涯現役を貫かれた人生でした。


1975(昭和50)年に、奥様の宮崎恭子さんと立ち上げられた俳優養成所「無名塾」では、役所広司さん、益岡徹さん、若村麻由美さん、真木よう子さんら数々の俳優の皆さんを育てられました。


生涯最後の舞台となった能登演劇堂は、無名塾と石川県七尾市中島町との交流で1995(平成7)年に開館した演劇専用のホールで、仲代達矢さんが名誉館長に就任。舞台奥の扉が開くと、そこには能登の雄大な自然が広がっており、舞台と一体となる世界的にも珍しい舞台機構が特徴とのこと。



七尾市中島町は24年前の2001年、趣味の車中泊旅行で泊まった道の駅「なかじまロマン峠」がある町。


当時は能登演劇堂の存在は知る由もなかったのですが、偶然にもご縁を結べていて嬉しい限りです。


こちら↓は能登とのつながりから訃報を伝えるローカルニュースの動画。




こちら↓は葬儀の模様を伝えるサイト。お弟子の皆さんから偉大な師であったことが伝わって来ます。


黒澤明監督の「影武者」での主演(武田信玄)など、数多くの役柄をこなされた仲代達矢さん。


私の記憶では、小学生の頃、歴史好きだった母と拝見したNHK大河ドラマ「新・平家物語(1972(昭和47)年)の平清盛役が強く印象に残っています。



出家した清盛を演じるため実際に髪を剃るなど、その熱演と役に徹する気迫に、幼いながら感動した記憶があります。


そして高知とのご縁もいくつか。


高知県出身の小説家宮尾登美子さん原作の映画で、夭逝された夏目雅子さんの土佐弁のセリフ「なめたらいかんぜよ!」で知られる東映作品「鬼龍院花子の生涯(1982(昭和57)年)」の主要キャスト「鬼政」こと「鬼龍院政五郎」を演じられました。


大正〜昭和初期の高知を舞台にした作品で、土佐弁による迫力の演技を披露されています。


その他、私が個人的に思い入れのあるエピソードとして、私の故郷を流れる四万十川で撮影されたこんな↓テレビCMがありました。

↓キリンビールCM(1993年6月)の動画。ぜひご覧くださいませ。


井上陽水さん作詞・作曲・歌唱の楽曲「5月の別れ」をバックに、仲代さんが四万十川の畔で鮎釣りをする少年と触れ合う32年前の映像。


私は、子どもが生まれ、新居での生活を始めた頃でしたので印象深く、今でも鮮明に記憶しています。


撮影された場所は、私の故郷にある四万十川最大の中洲「三島」。


四万十川が三島によって左右に分かれ、再び合流する辺り。


今年5月にKSS高知さんさんテレビ(高知ローカル)で放送されたドキュメンタリー番組「暮らし つむぐ ほとり」に三島の空撮映像が登場しました。


(↑KSS高知さんさんテレビ 2025年5月25日放送「暮らし つむぐ ほとり」のテレビ画面。以下2枚も同様)

↑写真奥が上流。四万十川が三島によって左右に分かれて流れています。

↑こちらは下流側の合流点。CMが撮影されたのは画面右下の辺り。



映像に映る橋はJR予土線の第四四万十川橋梁(通称三島鉄橋・画面下)とその上側の左が第一三島沈下橋、右が後年に架けられた洪水でも沈まない橋です。


この沈下橋と三島鉄橋は三山さんのコンサートで「四万十川」歌唱時に映し出された映像にも登場しました。


CMの映像には、子どもの頃に泳いだり、川エビを獲って遊んだ場所が、チラっとですが、映っていました。


当時、思い出の場所で大俳優仲代達矢さんが登場するCMに感激したものでした。


JR予土線に乗車される機会がございましたら、三島鉄橋を渡る車窓からぜひこの風景を眺めてみてくださいませ。


こちら↓は三島鉄橋を渡る予土線の動画。



↓井上陽水さん「5月の別れ」歌唱動画。


永きにわたり、演劇界からテレビ・映画の世界でご活躍され、高知ともご縁を結んでくださった名優仲代達矢さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

(お詫び 当初、仲代達矢さんのお名前を誤って「仲代達也」と表記しておりました。たいへん失礼いたしました。)



最後までご覧いただきありがとうございました。
m(_ _)m


(当ブログは個人ブログであり、三山ひろしさんやプロダクション及びレーベル等とは一切関係ございません。)