先日、電車のなかでタバコを吸う男性に
高校生が注意したところ、殴打される事件があった。
問題は、
その男をなぜ周りの乗客がとめられなかった?
に広がった。
「絶対に止めるべきだが、怖くてできない。」
「高校生がボコボコにされてるのを
黙ってみているのが許されるのか?」
「もしも注意された男が覚せい剤中毒で
刃物どころか、ガソリンをもっていたら・・・・」
ウクライナのロシアによる攻撃は
残酷でさえある。
でも、ほとんど毎日、子どもや女性の涙を目の当たりにしているのに
なぜ、世界はとめられないのか。
これでは電車内の暴力を傍観する情けない乗客と変わらない。
クラスでいじめがあってそれをとめられない
「不作為による消極的な」
いじめ学生と変わらない。
これがロシアでなく中国もしくわ
北朝鮮でも抑止できないのか。
ウクライナがNATOの軍事同盟に属してないからか?
100年後、自由と祖国のために命をすててまで
戦うウクライナを救えない私たちは
どう思われるのだろう?
100年後まで人類が生き残っているとして・・・・
100年、この危険な世界で
ビビりながら生きていく。
そのためにウクライナを見捨てるのか?
余計な事言わないで
生きるために生きるのか?