沢山の中から見て頂いて、ありがとうございます😊

 

今、驚くほど頭痛で寝込むことが

無くなりました。

 

お店を沢山抱えて、社員も沢山抱えていた頃

会社は社長の器より大きくならない

そんな言葉を聞いていました。

 

私は社長ではありません。

 

でも、会社のことも

家庭のことも子供のことも

みんな私の責任。

 

逃げ出したくて、

公文の先生の話が来た時

乗りました。

 

相談はしたんですよ。

なんで今頃そんなことを言うかというと

つい数日前にその話が出たからです。

私からではないですよ、

私に交渉力が無いという話からです。

 

私は既存の教室を引き継ぐ役目でした。

公文教室は小学校毎に地区分けをしていて

そこは塩竈市でした。

だから自宅に持ってくることは

出来ない相談なんです。

 

最初はいいと言ってた人が

試験を受けて、研修に通い

教室実習に通ううち

「話が違う」となって

私の頭を通り越して、

電話で断りを入れられました。

 

その後には

税理士さんからも他の経営者さんからも

反対されてるのに、無理な新店舗出店。

 

もう人もお金も回らなくて、

私はずっと新店舗に入りきりになり

税理士さんからも心配されました。

 

夫とは一緒に仕事できない。

 

その言葉だけを引き合いに出して

今も責められます。

 

夫は「オレは出店する人

私は回す人、それが出来なければ能無し」

でも、私は大学生から

就職もアルバイトもしたことなくて

お店を始めさてられているんです。

 

結婚するために埼玉から宮城に来て

何もさせないと言われながら

私の意思ではなく

2ヶ月目には私名義でお店を開店。

 

その上、私は友達を作れないからと

この人たちと付き合えと言われて

「本の話はするな。相手に合わせろ。」

月2回のみの休みに

「図書館に行く」と言ったら

不倫すると言ったような怒られ方

 

お客様と楽しく話すのも面白くない。

とにかく夫の目の届く範囲で生きていろという

イプセンの人形の家みたい。

 

でも、遠くに来ているし

店があるから出てはいけないんです。

分かりますか?

 

40歳の頃

支店を閉めて帰宅すると頭が割れそうで

吐いて

姑に言って

這うように寝ました。

もう寝るしかないんです。

 

朝には治って

朝食作りも弁当作りも出来ました。

 

そんなんだから

20歳の頃より痩せていました。

大学生の頃のスーツがスッと着られるの。

おばさんなのに、異常ですよね。

 

母は、

私のように骨格がガッチリしてる人は

太ってはいけないと言ったけど

太るってことは幸せな証です。

ガッチリしてるから

姑にも痩せても変わらないと

言われました。

 

あの生活を続けていたら

死んでたなと

誇張ではなく思います。

死んでやろうか!とすら思いました。

 

じいちゃんの税理士さんに離婚しろと

言われました。

  

それでどうするの?

 

私は嫁ですからね

手ぶらで出ていくしかないんですよ。

そして、子供や姑からは、

家族を捨てたと悪口されるんですか?

 

夫とは喧嘩もしませんけど

いつも冷戦だったと思います。

そうすると、夫が母に電話するんです。

私が色々言ってると思うんでしょ。

すると母から心配して電話が来ます。

 

姑の晩年

朝食の時に私が姑の入れ歯を洗ったり

色々お世話をしていたら

夫が突然箸を投げて怒って席を立ったんです。

「婆さんをああいう人間にしたのは

 アンタのせいだからな」

そして2週間家でご飯食べませんでした。

2週間後、普通に座って朝食を食べ始めて

「世間はあんたの味方な」

ほれー❣️

人になんとでも言え。

嫁が姑の世話をするのを当たり前と思うな❗️

世間はわかってくれるのさ😭

人工肛門のお世話も、入れ歯のお世話も

嫌がらずにする嫁って

エラいぜ❗️

もういい、天と世間が味方なら私は救われる❣️

 

風邪で軽く点滴する間中

手を握っていて欲しい婆さんを

私が作ったわけじゃない。

母親は誰よりもシッカリしていて

頼りになる人だと思っていたんでしょう。

確かにね、

親切な押し売りみたいな人

アフリカに何かを送るために

ハンカチ買ってください

みたいな人を、私は断れないんです。

でも

姑は「うちはいらないから」ビシって、できます。

でもね

私が来る前、

姑は「夜1人だったんだど」と言いました。

義父も義弟もそのうち帰宅するんですよ

あらー、それはのんびり出来ていいねーと

私なら喜びます。

毎日だったら、

それなりの楽しい生活をしますよね。

 

頭痛の話でしたね。

戻りましょう

 

痛みって、神様が命を守るために

ワザワザ授けたものと言います。

 

甲子園で、肘の痛みをブロック注射で

抑えて連投したら

その投手はプロにはなれません。

 

ブロック注射って、

本当に痛みが無くなるのね。

だから平気で無理が出来ちゃう。

でも、症状が改善した訳じゃないから

更に症状が悪化して、使い物にならなくなる。

 

鉛筆の名入れが忙しかった時

肘が痛くて熱くて夜も寝られなくて

ブロック注射をしたことがあります。

 

そのあと、整骨院に行ったら

二の腕の振袖部分を触って

「このコロコロしてるのわかる?」と

言われました。

疲労物質をそんなに溜めていたら

それは痛い訳だと言われました。

 

ストレッチで流すこと

休憩の取り方

色々指導を受けました。

 

そして、

痛みは天からのプレゼント

というのを

思い出しました。

 

頭痛と嘔吐🤮があったから

私はあれ以上の無理が出来なくて

過労死を逃れることができたと

今も思っています。

 

天からのプレゼント🎁

尊いなーと感謝します。