国有林と私(3)顔を見てくれない署長さん[後編] | 森田稲子のブログ

国有林と私(3)顔を見てくれない署長さん[後編]

「やっぱりこういう仕事は、女性には無理なのか」という思いが、頭の中を駆け巡った。だが、ここでひるんでいては、何のためにカメラマンを連れて、北海道まで来たのか分からない。

“よし、そんなに信用されないのなら、ここに居座ってでも良い仕事をして、署長に顔をみてもらえるようにしよう”
気を取り直した私は、「今日、一日、現場の仕事をみせてくださいませんか。その上で台本を書き直します。申し訳ありませんが、署長さんには明日またご相談にのってください」と、恐る恐る申し出た。

署長の応えはムスッと一言「しかたないでしょう」だった。
それでも、課長に私たちを現場に案内させるよう命じてくれたのである。
ジープで私たちを案内してくれたベテランの技術者は親切だった。しかし、気のせいか、“こんな娘にわかるのかな”という不安げな顔がかいま見えるような気がした。

私は必死だった。この技術者の信用を得ておかなければ、きっとお座なりな案内に終わってしまうに違いない。私は矢継ぎ早の質問攻勢を開始した。質問には、東京を出るまでに仕入れてあるにわか知識を盛り込んだ。「カルチオーガ」「ロータリカッタ」「プランタ」などの機械用語も並べたてた。

今考えると、いやみの限りだが、しかし、相手の表情は瞬く間に変わっていったのである。

最初は、「あれっ」という表情だったが、次第に私の質問を面白がるようになり、説明にも熱が入ってきた。案の定、彼は膨大な林地の隅から隅まで精力的に私たちを引っ張り回してくれたのである。

地平線の彼方まで続くカラマツの新植地の望楼に上げ、大型のトラクタで条状に地こしらえをしている現場や、同型のトラクタにアタッチメントを替えるだけで下刈りの作業をしている現場を案内してくれた。

私は、次第に、なぜ東京での情報と現場では食い違いが生じるのかが分かりかけてきた。わたしが東京で得た知識は、専門家がいわば、机上で組み立てた理論であって、現場では、土地条件や労働条件にあわせてその作業仕組みを大きく変えていたのである。

私は、自分の台本のつくりかたにも誤りがあることに気づいた。それは現地ロケの形をとりながら、既成の資料だけで、台本を書いてしまったということである。

くたくたになって宿についた夜、私はその日現場で見聞きしたことを整理し、台本の構成を大幅に変える作業に取り掛かった。

あくる日、夜が白々あける頃、ようやく出来上がった台本と撮影のための画コンテを持って、私たちは署長室を訪れた。
署長は相変わらず私の顔を見ようともせず、カメラマンに「どうぞ」と椅子をすすめると、台本に目を通し始めた。

かたずをのんで待っていう私には、署長の顔がまるで怒っているように見える。ようやく署長は台本を読み終えた。

「最後のシーンで、夕日を前にしているトラクタのシルエットは、朝日を前にしたほうがいいですなあ。」署長は、私のほうを真直ぐに見つめ、照れたように笑ったのであった。

“やったあ!”私は心の中で喝采を上げた。そして、「どうもご迷惑をお掛けしました」と、心から素直に頭を下げたのである。

それからの撮影がどんなに順調に言ったかは説明するまでも無いが、私はこの時の嬉しさを今でも忘れる事は出来ない。それにしても、夕日のシルエットと朝日のシルエットがどう違うのか今だに分からないでいる。(おわり)


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