森林と編集(11)松枯れの犯人を追う[中編] | 森田稲子のブログ

森林と編集(11)松枯れの犯人を追う[中編]

林業試験場九州支場の研究者徳重氏と清原氏の2人は、来る日も来る日も、新たな微生物を一つ一つ探る根気の要る作業を続けていた。しかし、シャーレだけが積み上がっていくばかりで、結果は思わしいものではなかった。

そんなある日、徳重氏は、微生物を培養してきた夥しい数のシャーレを呆然と見つめていた。頭の中では、検索の結果、無関係としたさまざまな菌類をフラッシュバックさせていた。

線虫の発見

ふと、われに返り、シャーレの山に眼をやった。そこには検索が終わって蓋があけられたままになっているシャーレがある。眼がひきつけられた。培地の上に置かれた松の材片のはしで、何かがかすかにうごめいていたからである。

あわててその何者かを顕微鏡で覗いてみた。なんとそれは長さ1mm程度の線虫だったのである。直ぐにシャーレの培地を調べ直してみると、無数の線虫が培地の菌糸の上で増殖していた。

なぜこんなことが起きたのだろうか。徳重氏と清原氏は、いろいろと検討した。
その結果、この線虫が、糸状菌を取り出すために培地に置いた被害木の材片に、もともと棲んでいたものであろうと見当をつけた。

そこで、研究用に用意されていた被害木のあらゆる部分を片端から調べていった。思ったとおりであった。幹はもちろん根から枝から、被害木のあらゆる部分の中から、この線虫が見つかったのである。

これほど多数の線虫が被害木の中に広がっているということは、松枯れとこの線虫が何らかの因果関係があると考えざるを得なかった。研究は九州全域に及んだ。
さらに、各地の研究者たちによって、四国、中国、近畿地方、房総半島の被害地からも同じ結果が報告されてきた。こうして、松枯れとこの線虫との間には、密接な関係があることがつきとめられたのである。

見たことも、過去の記録にも無い
しかし、この種類の線虫を見たものは誰もいない。過去の記録にもなかった。そこでこの線虫の認知は、名前をつけることから始まったのである。和名はマツノザイセンチゥウと名づけられた。

ところで、マツノザイセンチュウが材の中で増えていることと、松が枯れる現象とはどのように結びついているのだろうか。この問題は松の衰弱の原因を追究していた研究者にとって、最大の関心事であった。

松枯れの真犯人かもしれないマツノザイセンチュウを発見した徳重・清原両氏は、健全な松に、実際にマツノザイセンチュウを接種して、松枯れと同じ症状が出るかを実験してみることにした。

しかし両氏は、かならずしも、その病原性を信じていたわけではなかった。というのも、線虫は枯死した樹木の材内の糸状菌を食べて生活しており、生きた木を枯らす力は無いというのが、これまでの線虫学の定説だったからである。

やはり真犯人は、マツノザイセンチュウ

ところが、結果は意外にも、この線虫の病原性を十分に証明するものであった。接種後、3週間で明白な異常が出始め、次々に松が枯れていったのである。
この時から、実験は本格的なものとなっていった。

九州の数ヶ所の松林で、16~20年生のアカマツ、クロマツを対象として、接種実験が行われた。あらかじめ、糸状菌で大量に増やしておいたマツノザイセンチュウを健康な松の幹にあけた直径1cmの穴に3万頭入れ込んだ。

接種の場所を幹、枝、根と変え、接種の時期も春先から秋に向けて、毎月行うなど、いろいろな条件で実験を行った。幹、枝、根どこに線虫を接種しても、松は枯れた。月別の接種では、2~8月ではどの月の場合も枯れる木が出たが、夏の接種が最も枯れる率が高く、枯れるのも早かった。

接種後、1~2週間で、早くも樹脂の流出が止まり、やがて針葉の萎れ、変色、材の乾燥と、自然での発病と同じ症状を示しながら、二ヵ月後には完全に枯れてしまった。枯れた木にはマツノザイセンチュウが繁殖していた。

九州以外の地でも結果は同じであった。20年、30年たった壮齢木も、10年前後の幼齢木も、そして2・3年の苗木も、線虫を接種すればみな枯れていったのである。

マツノザイセンチュウが、松を枯らす真犯人であることが分かって、次に問題となるのは、誰が松から松へマツノザイセンチュウを運んでいくのかと言うことである。つまり運び屋は誰か、である。

最高の運び屋

そこで、枯れた松についている昆虫、つまり松食い虫を片っ端から調べていったのである。すると、マツノマダラカミキリが最も重要な、ほとんど唯一と言ってよい運び屋であることがわかった。

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【(左)マツノザイセンチュウ(右)マツノマダラカミキリ】

激害林で松の枯死木から、飛び出したマツノマダラカミキリは、そのほとんどが体にマツノザイセンチュウを持っている。その数は凄まじく、ある林の調査例ではマツノマダラカミキリ1頭あたり平均1万5000頭、最高20万頭であった。

そのようにとてつもない数の線虫を体につけて、外見はまったく健康に見えるが、内部ではすでに異常の起きている松を探して、数100m、なかには1~2kmも移動するのである。

マツノマダラカミキリは体長が15から30mm、触角の長さは雌では体長のⅠ・5倍、雄では2・5倍ぐらいである。この体に1mm程度の線虫が少なくて1万頭も取り付いているのである。

体の内外、足やひげ、そして触角に、線虫がうじゃうじゃ取り付いて、目的の場所まで運こんでもらう。なんというマダラカミキリの体力、なんというザイセンチュウの執着力。この光景を想像して、ブログを書いている私自身が気持ち悪くなってしまった。

だが、これはどうやら私の想像違いらしい。実際にはマダラカミキリの主に腹部気門から気管に侵入する。そのほか触角とか肢などにある気管内に入り込むのであって、体表にむやみに取り付いたまま運ばれるのではないらしい。しかし、気管内では線虫は全部同じ方向を向いて詰まるように入っていることを知ると、また気持ちが悪くなってきた。

次の回(後編・最終回)では、松はどのようにして枯れていくのか、マツノザイセンチュウとマツノマダラカミキリとの見事な共生関係を追ってみることにしよう。(つづく)


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