先月20日、歌舞伎俳優の中村雁治郎さんが記者会見した。きょうから始まる「6月歌舞伎鑑賞教室」のPRのためだけれど、この席で、国立劇場の建て替えの目途が立たない状態が続いていることをどう思っているかを記者から問われて、こう答えた。「いろんな意見もあるでしょうが率直に言うと情けない。ナショナルシアターを作れない国を感じて欲しいというのが現状。それ以上言い出すときりがない」(サンスポ)。

 

 

老朽化による建て替えのため去年10月末で閉場した国立劇場が、再整備事業の入札不調により、再開場の見通しが立たなくなっている。

この「国立劇場建て替え問題」については、今年2月にも、歌舞伎の中村時蔵さんや文楽の吉田玉男さん、それに長唄の杵屋四郎さんといった古典芸能各界を代表する人たちが日本記者クラブで記者会見し危機感を訴えた。日本舞踊で人間国宝の井上八千代さんは、京都から駆けつけ「この国にナショナルシアターがない『大きな空白』ができることのおかしさ、さびしさを全国の方に知っていただきたい」と話した。

わたしは、「国立劇場建て替え問題」には  Look Back in Anger  なのである。それは、ある個人的な体験があるからだ。”恥”をさらすことになるので、あまり告白したくはなかったのだけれど「知らざぁ言って聞かせやしょう」。

国立劇場は、独立行政法人日本芸術文化振興会が管理・運営しているが、トップである理事長の公募があることをネットで知って応募してみた。結果は”落選”であった。文部科学省のHPによると「15人の応募があり、選考委員会による書類選考で3人に絞られた候補について、選考委員会が面接を行った」となっている。

で、去年1月に行われたその面接である。わたしは、概略、次のようなことを話した。

「国立劇場には歌舞伎や文楽を観にほぼ毎月通っている。その国立劇場が10月に閉場になるのは寂しい。新しい国立劇場が開場するのは6年後の秋だと聞いている。次の理事長の任期は5年なので、任期中はずっと建設が続くことになる。なので、次の理事長の一番のミッションは、新しい国立劇場の建設をしっかり進めて後の人に引き継ぐことだと考える」

「わたしの在職していたオーケストラでも練習場やホールが大規模改修のために長期間使えなかったことあり、現場はその手当に苦労した。国立劇場は全面的な建て替え、しかも6年もかけてとなると、大舞台の歌舞伎などは代替施設の確保、運営がさぞかし大変だと思う」

すると、大学教授や弁護士ら5人で構成された選考委員会のメンバーのうちのジャーナリスト氏がこう聞いてきた。

「代替施設、どこかいいところはありますか?」

ご冗談でしょう。代替施設が確保できたか、見通しが立っているからこそ国立劇場を10月で閉場するのだろう。わたしはそう思って口籠りながらあてずっぽうに答えた。

「歌舞伎座というわけにはいかないでしょうから、大きさから言うと、東京国際フォーラムとかNHKホールですかねぇ。でも、できるかなぁ。花道とかもあるし」

と、そのジャーナリスト氏

「NHKホール、出来ますよ。古典芸能鑑賞会で歌舞伎もやっているじゃないですか。知らないのですか」と居丈高に出たのでムッときた。

あのな、お前。NHKホールのことはオレは良く知っているんだ。NHK古典芸能鑑賞会のことも。ただ、歌舞伎公演は3週間とか続くので、そんな長い期間借り切ることはできないだろうと言っているんだ。

「代替施設をどうするかは喫緊の課題ですよ!」

ジャーナリスト氏はさらに突っかかる。もしかして、これはわたしの適性を見るための”挑発的質問”てやつなのだろうかと思ったが、いや、そうではなさそうだ。代替施設の手当ては本当にまだついていないのではないか。しかし、代替施設の確保や建て替え工事の見通しがないまま、国立劇場を閉場することだけは決まっている。そんな阿呆な、特攻隊みたいなことがあり得るのだろうか?などと考えているうちに面接は終ってしまった。「お帰りください。結果は追って通知します」。こちらはもうアカンベェである。

 

 

新しい理事長が決まり、その選任理由ではこう書かれている。

「文部科学大臣も、新しい国立劇場の整備等に関する関係機関との円滑な連絡調整や、我が国の文化芸術の中核的拠点としての(日本芸術文化)振興会の魅力・取組を内外へ発信する際に力を発揮できると大いに期待しているところである。」

負け惜しみではないが、もし、わたしが選任されていれば、今ごろは自分の非力さに悩み、眠れない夜を過ごしているのではないかと思う。

国立劇場建て替え問題は、振興会だけの問題ではない。文化庁でもなく、文部科学省でもなく、政府あげて取り組まなければもはや解決できないのではないか。

「民間資金を導入してホテルなど一体整備する計画を見直して、国の責任で建て替えるべきではないか」という声が強まっている。

 

 

国立劇場のロビーで公演プログラム等の販売を行っていた文化堂さん(わたしもよく歌舞伎や文楽の台本を買っていた)。その文化堂さんがSNSで言っている。

「建て替えでなく、大規模改修に戻して再開場するには、政権交代しか残された道はないのではと思ってしまう…」

ここにも、小さな Look Back in Anger があるようだ。

 

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