一度こんな髪型にしてみるかな。最近、ビル・エバンズのCDを聴くのが日課のようになっている。その中の1枚、《PORTRAIT IN JAZZ》のジャケットを見ながら、ふとそんなことを思った。

 

 

 短髪で櫛目の通ったきちんした横分け。およそジャズマンらしからぬニートな髪型だ。わたしはこれまでこんな髪型をしたことがない。それが、なぜ今ごろ?理由は自分でもわからない。近頃の怠惰、ボサボサへの反省が心のどこにあるのかも知れない。

 ネットで調べてみると、下北沢にトラッドスタイルを売りにする店があるので、予約して出かけてみた。なるほど店の内装などはトラッドを意識しているようだけれど、カットを担当してくれたN君は若者らしく全く構えたところのないラフなスタイルだ。「7・3のところに櫛を入れてね、きっちり分けて欲しいんだよね」「はい。こちらの店は初めてですよね」「うん」「これまではどちらに」「まぁ、いろいろ。その時々で適当に」。最近はずっと、駅の構内などにあるカット代が千数百円の理髪店を利用してきたし、それで取り立てて不足は感じていなかった。見栄を張る訳ではないけれど、それは明かさなかった(笑)。

 

 

 散髪を済ませ、下北沢一番街を駅の方に向かう。もう特に用事はない。少し歩くと、細い道に曲がる角に小さなギャラリーがあり、個展をやっている。何の個展だろう。足を止めると、その小さな建物の2階に古本屋があることを発見した。へえ、こんなところに。そう思いながら狭い階段を上る。本は多い訳ではないが、センスを感じさせる。この人が店主なのだろう。店の隅に年配の男性が座っていた。「このお店、いつできたのですか?」「もう10年になります」「ごめんなさい。全く知らずにいました」。わたしの最も好きな街は神田・神保町だけれど、ああいった古書店街ではなく、下北沢みたいなところにポツンと古本屋があるのを見つけるとうれしくなる。そして、気に入った本を1冊見つけて買って帰るのが店への礼儀のように思ってしまうのだ。

 でも、今回は良い本が3冊もみつかり購入した。うち1冊が『吉原夜話』という本だ。帯には「江戸から東京へ、変転の世相のなかに廓育ちの娘が見聞きした風俗の思い出ばなし。(語り手の)古登女は初代猿之助の夫人、猿翁・中車・小太夫の澤瀉屋(おもだかや)兄弟の母堂である」とある。澤瀉屋のゴッド・マザーみたいな人だったのだろう。もとは大正14年に都新聞(今の東京新聞)に連載されたものらしい。今年、事件を起こした猿之助は四代目である。ビル・エバンズと並んで、最近もっぱら聴いているCDが古今亭志ん生の落語全集なのだけど、志ん生の噺には廓噺も多く、廓噺をより深く楽しむのにも、買った本が役立つだろうと思う。

 感じの良い店だ。売る本があれば、ここで買い取ってもらおう、そう思いながら路上に出て、下北沢一番街を駅の方に向かう。ビル・エバンズ、古今亭志ん生。案外に良い一日になった。かつて小田急の踏切があった付近まで来た。肩に掛けた中古カメラで何枚かスナップ写真を撮って、下北沢一番街の”ひとり旅”は終了である。