ルビーの色が如何に重要だったかという話…

賽は投げられた…とシーザー(カエサル)が河を渡って

進軍していく映画があったと思うが、

「ルビコン川を渡る」…とは、その意味が、

「赤の歴史 ミシェル・パストゥロー 原書房」

に記されてあった。

引用ここから↓
紀元前49年、敵だったポンペイウスを追いかけていた
ユリウス・カエサルは、ルビコン川を渡った。
北イタリア沿岸部を流れるこの小川のラテン語呼称で
あるルビコ(Rubico)は、形容詞(Buber)に由来する固有
名詞、その呼称は土壌の性質によって川水が赤褐色だった
ことによる。とすれば、ルビコン川を渡ったカエサルは、
「赤い線」、つまり禁じられた境界を超えたことになる
のだ。実際、ルビコン川は、いわゆるイタリアとアルプス
以南のガリアを分ける境界線だった。したがって、
いかなる将軍も元老院の許可なしにその軍隊を渡河させる
ことは禁じられていた。それはありうべかざる行為とみな
されてもいた。だがカエサルは委細構わずイタリアに入り、
以後5年にも及ぶ内戦を誘発し、その帰趨(きすう)は
ローマの将来にきわめて大きな結果を招くようになった。
地理的というより、むしろ象徴的なこの「赤い線」は、
多くの点でローマ帝国の運命を決め、ルビコン川の水の
赤色は政治的な意味を帯びているだけでなく、諺にも
なった。すなわち禁忌に背くこと、イチかバチか勝負する
こと、運命に身を委ねることを意味する「ルビコン川を
渡る」である。有名な諺「アーレア・ヤクタ・エスト(賽
は投げられた)」とは、渡河の際にカエサルが言った言葉
とされる。ルビコン川の赤い水はまた、文脈は異なるが、
より古い紅海の海水が反映している。この紅海とは、
約束された地へ向かうため、エジプトを脱出した
イスラエルの民が渡った象徴的な境界だった。ここでも
また赤は極めて強力な刻印を残すできごとをしめし、
歴史の真の動力を演じた、危険かつ基盤的な色として
登場している。
↑引用ここまで

…ルビーの色(赤色)が、歴史でも重要だったとは聞いていた

が、紅海の名前も「赤い線を越えていった」ことに由来

するとは知らなかった。

ルビーの語源は、この時代の赤色の呼び名なので、起源が

分かると、また、更にルビーに対する興味が深まっていく。

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