写真は、縄文時代晩期のリング、
もしくは、蛇の頭部後ろの穴から、
ペンダントとして
着けられていたもの。
とされる骨製の宝飾品。
「指輪」淡交社
(東京庭園美術館監修)
解説文より引用
「モティーフは、尻尾をくわえた蛇であるが、
蛇と呼ぶには頭部や背面などがやや複雑す
ぎるかも知れない。しかし、蛇形指輪や
エジプト生まれの有名な指輪コレクター、
ラリフ.ハラリのコレクションにあった
ヒンドゥー神ナーガ(蛇神)の形をした
ビルマの指輪と、時代は大きく異なるもの
の造形的に近似している点は興味深い」
とありますが、写真を見て
なるほど、蛇というよりも、
龍といった感じです。
縄文時代は、火焔型土器
(新潟県)など土器に関して
も機能よりも芸術性に
富んだものが多く残って
いるので、形に対する独特な
感性があったのかも知れません。

さて、一説によると縄文人
の遺跡を研究して分かったのは、
破損した骨が少ないこと
だそうです。
ようするに戦った形跡が
ないとのこと。
そして、農業としては、
弥生時代に稲作が大陸から
伝わってきた…と学校で習い
ましたが、それよりも遙か昔から
日本では、栗などの木の実が
採れる樹木を栽培していた後が
あるそうです。
人の都合で、自然を人が使い
易いように開発するのではなく、
自然の声に耳を傾けていた縄文人。
宝飾品や土偶、火炎土器など、
感じる力を大切にしていたことは
間違いなさそうです。
縄文時代の指輪がそれを感じ
させてくれます。
余談ですが、岡本太郎は、縄文土器から
大阪万博の「太陽の塔」の
インスピレーションを得たそうです。
もしくは、蛇の頭部後ろの穴から、
ペンダントとして
着けられていたもの。
とされる骨製の宝飾品。
「指輪」淡交社
(東京庭園美術館監修)
解説文より引用
「モティーフは、尻尾をくわえた蛇であるが、
蛇と呼ぶには頭部や背面などがやや複雑す
ぎるかも知れない。しかし、蛇形指輪や
エジプト生まれの有名な指輪コレクター、
ラリフ.ハラリのコレクションにあった
ヒンドゥー神ナーガ(蛇神)の形をした
ビルマの指輪と、時代は大きく異なるもの
の造形的に近似している点は興味深い」
とありますが、写真を見て
なるほど、蛇というよりも、
龍といった感じです。
縄文時代は、火焔型土器
(新潟県)など土器に関して
も機能よりも芸術性に
富んだものが多く残って
いるので、形に対する独特な
感性があったのかも知れません。

さて、一説によると縄文人
の遺跡を研究して分かったのは、
破損した骨が少ないこと
だそうです。
ようするに戦った形跡が
ないとのこと。
そして、農業としては、
弥生時代に稲作が大陸から
伝わってきた…と学校で習い
ましたが、それよりも遙か昔から
日本では、栗などの木の実が
採れる樹木を栽培していた後が
あるそうです。
人の都合で、自然を人が使い
易いように開発するのではなく、
自然の声に耳を傾けていた縄文人。
宝飾品や土偶、火炎土器など、
感じる力を大切にしていたことは
間違いなさそうです。
縄文時代の指輪がそれを感じ
させてくれます。
余談ですが、岡本太郎は、縄文土器から
大阪万博の「太陽の塔」の
インスピレーションを得たそうです。