私はいつもルビーの内包物(インクルージョン)は
自然が創ったアートだと、美しいルビーのそのまた
内側に広がる宇宙のような景色をみてそう感じる
のですが…美しいインクルージョンを見た時の
感情をどの様に表現していいのやら…。

「茶の湯デザイン」木村宗慎先生著 Pen Books
の掛軸についての解説のページを読み進むと
人が書いたもの、と自然のままの姿という違いは
あっても、見る人の感情としては、ルビーの
インクルージョンを鑑賞する時の気持ちに似ている
のではないかと感じましたのでご紹介します。
P94より引用)
清巌宗渭の「心不是佛咦」という書は、ひとつひとつ
の文字がアンバランスに弾み、時には墨が飛び
散っている。しかし、単なる文字の上手下手、文言
の良しあしを超えて抽象性を備えたものが、茶人
たちには尊ばれてきた。(中略)
字は、心の中でイメージを膨らませられるからだ。
より抽象性を突き詰め、時には〇マルや、ほとんど
何も書かれていない状態を愛でることさえある。
茶の湯とは、五感だけでなく心で味わうもの。
(引用ここまで)
…と書であるか、自然現象であるかの違いが
あるものの、受けての感性によって意味を持つもの
であるという部分は同じだと思います。
書もルビーも意味があるのはそのもの、「個」です。
同じ文字であっても持っていてもコピーではよろしく
無いのと同じです。
鑑賞する人、見る側の感性が問われる。
そう思って見ていると、同じルビーを何十回見ても
新しい発見ができると思います。
自然が創ったアートだと、美しいルビーのそのまた
内側に広がる宇宙のような景色をみてそう感じる
のですが…美しいインクルージョンを見た時の
感情をどの様に表現していいのやら…。

「茶の湯デザイン」木村宗慎先生著 Pen Books
の掛軸についての解説のページを読み進むと
人が書いたもの、と自然のままの姿という違いは
あっても、見る人の感情としては、ルビーの
インクルージョンを鑑賞する時の気持ちに似ている
のではないかと感じましたのでご紹介します。
P94より引用)
清巌宗渭の「心不是佛咦」という書は、ひとつひとつ
の文字がアンバランスに弾み、時には墨が飛び
散っている。しかし、単なる文字の上手下手、文言
の良しあしを超えて抽象性を備えたものが、茶人
たちには尊ばれてきた。(中略)
字は、心の中でイメージを膨らませられるからだ。
より抽象性を突き詰め、時には〇マルや、ほとんど
何も書かれていない状態を愛でることさえある。
茶の湯とは、五感だけでなく心で味わうもの。
(引用ここまで)
…と書であるか、自然現象であるかの違いが
あるものの、受けての感性によって意味を持つもの
であるという部分は同じだと思います。
書もルビーも意味があるのはそのもの、「個」です。
同じ文字であっても持っていてもコピーではよろしく
無いのと同じです。
鑑賞する人、見る側の感性が問われる。
そう思って見ていると、同じルビーを何十回見ても
新しい発見ができると思います。