
写真は、リヒャルト クーデンホフ カレルギー。
青山学院大学名誉教授 寺谷ひろみ教授の記述に
よると…
引用ここから)
ヨーロッパ政治、経済の統合を旗印にしたEUの
思想と構想は、20世紀の混乱と悲劇の中ではぐ
くまれた。第一次世界大戦、ロシア革命、
第二次世界大戦、冷戦構造、そして、東欧の
解体、やソ連の崩壊などの悲劇的な歴史の連続
がその背景にある。(中略)包括的な思想を
披露したのは、リヒャルト クーデンホフ
カレルギー 1894年~1972年が最初であろう。
彼は、1923年に出版した「パン.ヨーロッパ」の
中で、ヨーロッパを規定し、汎ヨーロッパ主義を
提唱し、後世の欧州連合(EU)の先駆けとなった
人である。
(引用ここまで)
そして、このリヒャルトさんのお母さんが光子さん、
日本人で、お父さんが、オーストリアの
貴族ハインリッヒ伯爵だったのです。

プレイイングカード美術館館長 堀口進氏によると
引用ここから)
明治政府の首都東京で、骨董品店と油屋を営む
商人の一般的な家庭で生まれ育った庶民の娘
青山光子。(中略)ハインリッヒの光子に対する
熱烈な願いに、故国ハプスブルグ帝国も、日本国
も、また教会も承認してくれた。ふたりは築地
明石町の教会で各国外交団の祝福の中で華やかに
結婚式を挙げた。
(引用ここまで)
とそのハインリッヒ伯爵と光子さんの間に生まれた
次男坊が、リヒャルトさんで、氏が唱えた、
「ヨーロッパのすべての民族は、精神的共同体…
すなわち、一つの民族である」
が今のEU(ヨーロッパ連合)の精神だそうです。
何と、今のEUの精神に…
驚きですが、日本人とオーストリア人のダブル
(ハーフとも言いますが)として育ち、両方の
文化を持つリヒャルトさんが言った、
精神的なつながりが一つの民族。
何となく分かるような気がします。
今でも、ウィーンのシェーンブルン宮殿のそばに
小さなクーデンホフ カレルギー公園があるそう
です。一度行ってみたいと思いました。