「戦争と平和」と言えば、トルストイの小説を真っ先に思い浮かべるのだが、既に19世紀初頭(ナポレオン戦争)には、戦争形態の面から国家総力戦が出来上がっていたのかな、と思われる(わたくし個人的に)。つまり、この小説から読み取れるのだが、武力を中心として国家の総力(思想、政治、経済、文化、産業、等々)をあげて国家の体制を戦争遂行のために一元的に組織する総力戦。
国民全体が一丸となって戦うから、全体戦争とも言うらしい。
専門家の先生は、それは WWI 以降から始まった、と教えておりますが・・・。
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「戦争と平和は交互にやってくる」とか、「戦争の反対の意味が平和」とか、常識的に理解されているけれども、わたくしは、そうは思わない。
今の世の中を見ると日本も国家の総力(思想、政治、経済、文化、産業、等々)をあげて戦いを継続的に行っている(常態化)し、そしてまた現在進行形でもある。ただこの戦いにはまだ武力が行使されていない(いずれ武力が登場するかもしれないが=最悪の場合)だけであり、この状態を、平和と呼ぶに過ぎないのだ、と思う。
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先に、「=最悪の場合」と述べたが、はたして、最悪、悪と表現してもいいのかどうか。
武力行使から発生するリスクをあえて支払ってでも目的を達成しなければならないことは、この世の中には確かにある。 最優先は、生存権確保であることは間違いない。次に秩序だとすると、ただし現状維持の秩序か、国家国民の発展的変化に対応し秩序の最適化をはかるため、つまり新秩序の構築か、どうか。
初期段階から武力を行使するか、または最終段階に至って行使するのか、の別であろう。
短絡的に悪と決めつける事は、難しいかもしれない。
もっと時間をかけて考える必要があると思う。
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以上を深く考え悩まない日本人が圧倒的に多いのが、今の日本の姿だと思う。
はたしてこのままでいいのか、わたくしには疑問が大きいが、ここの所が大きな分疑点であることは、間違いない。
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この先を考え書き進むのが、空恐ろしい・・・。今日はここまでにしようか。
