紅鮭屋総本店  紅鮭はかく語りき・・・ -14ページ目

紅鮭屋総本店  紅鮭はかく語りき・・・

元yahooブログの「紅鮭はかく語りき・・・」です。
あっちのグサービス中止に伴い、恥ずかしながらこっちに移ってまいりました。
相変わらずの不定期、独り言徒然です。

古新聞を片付けていたら、

「ホームレスと臓器売買約束した男が逮捕・・・」

ってなニュースが目に留まり、ふと昔のことを思い出した。

昔々・・・、
俺が●●デザイナーへの転職を目指して学校へ通っていた頃。
それはもう10年以上も前の話。

卒業課題として言い渡されたのは

「サイトを一つ、丸々構築作成してください」

だった。

作るサイトに特に決まりはない。
架空の企業でも、店舗でも、キャラクターでも、
版権クリアかそこの許可があればおkの生徒まかせ。
自由に選んだ「テーマ」でトップページから各項目(ヘルプ、問い合わせまで)
を作り込み、一つの「ウェブサイト」を作り上げるという自由度の高い課題だった。

作ること自体、ちょっと勉強すれば簡単にできる代物だが、
そこはビジネススクール。
単にデザインや作り込み度だけじゃなく、「ビジネス」絡ませ、
「いかにアクセスをあげるか」、
「集客につながるか」、
ひいては「売上向上」を目的に作り上げ、
卒業式がわりの発表会で、
「顧客」に見立てた教師にプレゼンする。

上位に入賞?のご褒美は、学校側から企業への推薦。

まー、生徒と言っても、
ガチで転職を考えている人もいれば、勤めながら通う人、
趣味の人と実にさまざまでいるわけで、
課題への取り組み方も人それぞれ。
できあがった「作品」も実に個性豊かに仕上がり、
数クラス合同で行われた発表会はそれはそれは見応えがあった。

そんな中で、俺が強烈に覚えている人がいる。
顔も名前ももう忘れてしまったが、
その人が作った作品はインパクトが強烈で、
忘れようにも忘れられない。
そんな彼の作品を、古新聞の記事見てたら思い出したのさ。

「えー、僕は『臓器移植』のコーディネートがスムーズに行われるように
こんなサイトを作ってみました。」

発展途上国に置いて、直接的な現金収入を得るための手段として
臓器売買や人身売買が行われていることは実際ある話。
それを、ビジネスとして「合法」で「安全」に行われるように架空の法人を作り上げたのだという。

「売る側」として人の写真が提供臓器ごと、値段ごとに表示されている様はまるでカタログ通販の様。
クリックするとプロフが表示され、「なぜ提供するのか」とか「健康状態」とかが表示される。
どっから取ってきた写真なのかはしらんが、「提供者」の写真はみな笑顔。
プロフのコメント欄には、

「(腎臓を売ったお金で)将来大学へ行くのが夢です。」とか
「(角膜を売ったお金で)子供が多いので家族を養うために現金が必要です。」
とかなんとか夢まで語っている。

デザイン力もあり、細部まで作り込まれた自分の作品を
始終半笑いで発表する「彼」。
ドン引きの生徒達と講師陣。
一様に口をあんぐり開けたまま言葉がでませんでしたとさ。

もちろん、彼の作品は選外。
発表会の後、打ち上げの宴席で俺担当の講師(←年下)から聞いた話では、

「「創作度」は評価するが、推薦状に作品も添えなければならないので選外。」

だそうな。

作成途中の進捗チェックでも「ガンっ」としてテーマを変えなかったことにも、

「頑固すぎでしょ。上司や先輩からのアドバイスを受け入れられないなんて。」

要するに、
彼の選外は発表前に決まってたのかい?

「最後の最後に直してくれたなら考えたけどね。」

あんた案外よく見てるなw

「当たり前よ。俺、講師よ。この業界で何年も飯食ってんの。」

ところが彼は最後まで「ウケる」と思って作ったらしく、
発表の後、
「まぁ、ジョークですからw」と締めくくった。

そんな時は「なんてブラックな・・・」と思ったけど、
もしかしたらそーゆートコも実際もうあるかもしれない・・・。
ってな世の中になったよね。

ま、今も昔も「笑えやしない」が。

彼を見たのはそれが最後。
意外な評価にご不満だったのか、
元からそういう人だったのか、
挨拶もろくにせず早々に帰ってしまったから。
その後、彼がどうなったのかは全く知らない。

相変わらず彼独自のセンスで、
何かしらを作ってるのかしらね?

ちなみに・・・
優勝?は俺のクラスメイトで、
架空のパン屋のネットショップを作った可愛らしい女子だった。
明るく誰にでも気さくに話しかける彼女は、
実におしゃれで実用的なサイトを作りあげた。
その時は誰もがその結果に納得したが、
後にその娘は講師(←年下)の嫁になった。
出来レースと疑いを持った人もいたが、
作成途中でいろいろ質問しに講師の元を訪れているうちに芽生えたんだと。

卒業してからも何回か飲みに行ったりしてたけど、
俺が別業界に就職したのでなんとなく疎遠になり、
やっほグループのサービス終了とともに完全に切れちゃった。

彼らも元気かな?

いやぁー、古新聞片付けただけで、
随分いろんなこと思い出したww