こんにちは✨😃❗
森瀬真理です☀️
自由と孤独の0と100が同居する世界に続いて
というか、同じことなんだけど
私は言葉にして言ったり、書いたりしたことがことごとく現実になる。
しかもよくよく考えたことでは無く、むしろ考える隙も無く口から出た言葉がそうなる。
言葉にしなくとも願えば叶うというか、願う間もなく思い通りになる。
思い通りというか、自分でも理不尽で恨まれたり妬まれたりして当然だと思うくらいに
全てにおいて恵まれた環境で生きてきた。
注***願う間も無くは合っているんです。純粋な潜在意識という事がポイントですから***
まるで、たった一つ自分自身と向き合うという事にだけ注力するように仕組まれた人生のように。
これを仕組んだのは私でしょうがね。
まだエネルギーの勉強を始める前は、それをどう説明していいのかわからずにいた。
そして、今になって多少表現の言葉を知ったところで不気味さは変わらない。
職場の朝礼でその日の売上予測だとか、起こりやすいミスについての教育をすると
必ずそうなるから部下からは『悪い事言うと本当に起こるので言わないでください!』と
いつも怒られていた。
朝礼のネタを準備していなくて、行き当たりばったりでやるとだいたいそうなる。
なので、出勤の電車の中で朝礼のネタを考えるようになった。
仕事に関しては経験や知識によって予測の精度が上がることは当たり前なので
これだけ聞いても、どこも不気味では無いですが
父が死んだときは医師から余命の話をされても違う事を家族や兄弟に言っていた私。
そして、私が言った通りになってしまった。
祖母や愛犬が死ぬときは、明確にキャッチできるようになっていた
祖母の時は5ヶ月弱も前にその事を母に話していた。
正月早々に
「おばあちゃんはそろそろ逝くって」「春は越せるけど夏は越せないからあと数か月」
2月におばあちゃんは母に新しい口紅を買ってくるように言っていた。
特に何の病気も無く、どこも悪くなかった。
4月末で亡くなった。
これが私が言ったからなのか、それともそうなると決まっていたことが前もってわかっただけなのか
予言なのか予知なのかっていうのは、言葉的には同じ事ですよね。
タイトルがオカシイ
私のせいなのか、決まっていた事なのか
どちらもyesなのです。
0と100の話と同じで、どちらかが真実で、どちらかが感違いという事では無いのです。
切り口の違い。
視点の違い。
時間の捉え方の違い。
良く、言霊って言いますよね。
言霊は潜在意識が発した言葉。
そしてその潜在意識の世界は肉体などの物質の縛りは無い意識の世界。
全てが繋がり、全体の一部として時間も空間も超越している世界。
私はヒーラーなのでヒーリングの為にリーディングをしていると
最初の頃は
なんでこんな何の根拠もないのに相手の気持ちを踏みにじるような事を
平気な顔してペラペラ言ってしまうのか自分で自分にひやひやすることがありました。
今は、区別がつくので多少言葉を選んで話せるようになったけど。
その分、ペットの事等は飼い主さんに価値観の違いをどう説明すればいいのか困ることは多いです。
そして、今でもここで私が言わなければ違うパラレルワールドがあるかもしれない。と願ってしまう事も多い。
でもやっぱりそうはならないのです。
どちらの感覚もそこそこ鮮明に受け取れるようになってきて、区別もできるようになってきて
だからこそ、人には話せない事も増えてきた。
今後ここら辺を学んでいかないといけないですね。
だって、私は肉体を持って物質世界で生きているのだから。
自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなる感覚は流石に慣れてきたけど
ん~とりとめが無いですが
エネルギーを繋ぐと相手の今の理由として今世の過去や前世の出来事や感情が伝わってきて
そうすると、このままこのパラレルワールドにいるとこの先こうなっていくという事が見える。
それを相手に伝えて、相手が自分自身の意思で行動をすることで未来を変える事はできる。
私が勝手に人の人生を変えるなんてことはない。頼まれてもきっと出来ない。
本人がそうしない限り、私は何の役にも立たない。
リーディングは言葉を使うけどヒーリングも同じで言葉じゃなくてエネルギーというだけ。
ご依頼をいただく時点で本人の意思はある。
ただ、それが認識している物と潜在している物が必ずしも一致しない事もある。
体調が悪くて辛いと言いながら自分で引き寄せている人もいる。
そういう場合は、時間軸と方向を変えてみていく。
そうすると原因はそこじゃないですね。論点がズレてますよ~ってなるのです。
説明しますけど
もうですね
日本語難しいです。
もう一つ
私は本人を尊重する。それがどんなに辛くとも。
そうなってくると、これがまた違和感でして
辛いとわかっていても私の中に1ミリもネガティブな感情はわかない。
応援するとか、励ますとか、称賛するとかになる。
愛犬が死ぬ時ですら悲しみはわかない。
私ってどんだけ残酷なのかと心が無いのかと思ってしまうことがある。
もうこの終わりのない愚痴大会みたいな話は終了にしましょう。
学びの途中という事です。
課題が見えているだけやりがいがあります。
最後までお読みくださりありがとうございます。