こんばんは
森瀬真理です![]()
マリンの事を続けます。
3月15~17日は私が休みとオンラインのため在宅でした。
Amazonで見守りカメラを買って設置しました。
マリンの様子を見ながら、酸素室に入れたり本人が出たいと言えば出したり、
夜寝る時は酸素室には入らずに一緒に布団で眠っていました。
酸素室の中ではおしっこをしないので、カリカリして出してほしいと言われて出すとトイレに行って用をたしていました。
その3日間で
レイキを流そうとしても他のワンたちはいつも通り流れている感覚がある中でマリンだけ響きがありません。
本人がエネルギーを取り込もうとしないのです。
そして『もうついていけないから離脱する』と言います。
『私はいなくても・・・。』とすねた様子で言います。←これに関しては③で別に書きます。
話が遡ります。
年明けごろに私は『ここまで行きついたらもう死ぬんじゃないかと思うくらい健康にクリアになった』と誰だかに話していました。
確かに誰かに話したのに相手は思い出せません。
また話が戻ります
更に、12日にお友達わんこがお空に逝き
私の知り合いの訃報も入ってきたりしていました。
東北の地震やウクライナなど、ざわつく空気感が漂うその様子に私が影響されているのかと思いたい気持ちでした。
何度聞いても、マリンはもう死ぬと返ってきます。
マリンは私を完全な健康へと導いたことで自分の役割は達成したと言います。
私は『私の為に目標を達成したのなら、これからはマリンの楽しい事や好きな事をして過ごす時間にすればいいじゃん』
と言いながらも、それは無いという事もわかっていました。
でも、言葉にしたら現実になると思い職場や周りには具合が悪いけど必ず回復すると言っていました。
18日はまたもミラクルで主人が在宅
19日は母が来てくれました。
この二日間もおやつもご飯も食べ、おトイレもしていました。
19日仕事を終えて最寄りの駅から歩いていると
マリンが急に飛んできて
私『なんで体から出ちゃってるの?』
マリン『お彼岸だからもうそろそろ逝くよ』
私『21日はお姉ちゃんの誕生日だよ命日と誕生日が同じだとややこしいじゃん』
マリン『じゃあ明日ね』
急いで家に帰ります。涙が止まらず主人に『マリンはもう逝くって』
しっぽをぶんぶん振っているマリンに主人はなんで泣いているんだと言っていました。
夜じゅう眠らずにたくさんの話をしてたくさんの感謝を伝えて過ごしました。
私『どうすればいいの』
マリン『いつも通りで』
この時点で私の気持ちは問題ではありませんでした。
マリンが決めたことを尊重するしか選択肢はありませんでした。
マリンに言われた通り翌日出勤しました。
1時過ぎに病院から電話がありましたが忙しくて3時の休憩でかけなおしました。
早ければ18日には検査結果の電話がくると言われていたのに20日になりました。
医師『肺の水の検査の結果、悪性腫瘍によるものでした』
私『もう酸素室から出せません』 『安楽死はお願いできますか』
医師『まだ、安楽死より出来ることがあります』
医師『水を抜けば楽になるので連れてきてください』
他にもいろいろ話しましたが、その後家にいる主人に電話し病院に連れて行くように伝えて
見守りカメラで見ていました。
酸素室から出そうとしたら出たがらないマリン。
それでも、慌てた様子の主人に連れ出されたマリンはしっぽを振って主人にすり寄っていました。
画面から消えたその2分後主人から死んだと電話がありました。
酸素室から出して1分もたたず、外に出しておトイレに行きおしっこをして、
そのまま力尽きてしまったとの事でした。
私は主人に一応病院に連れて行くように言いました。
既に息をしていない状態に聴診器を当て確認し、きれいにしてタオルでくるんでもらい返されました。
私は21時には帰宅をし、翌日も仕事に行きました。
その日は弟や親戚がたまたま職場に顔を出してくれて何とか勤務し早くに帰してもらいました。
職場の仲間たちは親身になり時間を作ってくれて感謝です。
亡くなった時に電話をくれた医師は2~3日で肺の水がたまるから連れてきて抜けば楽になると言ったのに
1週間も連れてこないなんてと、憤りを隠せない様子でいました。ひどい飼い主だと私を責める様子でした。
その通りでしょう。
肺の水を抜けばもう何回かは呼吸もできる状態に戻り、もう何日かは死なずにいたのかもしれません。
でも、代わりに癌の進行による苦しみを味わう事になったかもしれない。
もとより、19日の時点で20日の夜に逝くと本人がわざわざ駅まで体から出て私に言いに来たこと。
私には、私の気持ちよりもマリンの意思を尊重する事しか出来なかった。
どうにも、体も頭もそのようにしか動かなかった。
病院から火葬できる施設のパンフレットをいくつかもらい調べようとしても何も頭に入ってこず
仕方なく母にお願いをして手配をしてもらい22日に火葬をしました。
人間の赤ちゃん用の真っ白い寝具を買い、お花を買い、棺になる箱を買いました。
22日は雪の予報、何よりもドライブの好きなマリンの為にレンタカーを借り主人の運転で
最後のドライブをしました。
道中は窓の外が見えるように抱っこで行きました。
桜の開花宣言に日に逝き
空に帰る日は季節外れの雪
この10日間の全ての何もかもが、あまりにも巧妙に組み立てられていて私の手出しする余地は無かった。
マリンの功績を神様が認め、その神の力が働き すべてを行ったとしか思えない。
こんな風に書いても私以外の誰にも実感としては伝わらない事はわかっています。
それでも、私には確かな実感があって、納得したくないという思考は完全に度外視された状態なのです。
更に続きます。