こんばんわ![]()
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森瀬真理です![]()
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数日前から体の右半分がどこもかしこも痛いです。
そろそろこの記事を書こうかと思っていたら、一昨日友達からこの件は大丈夫なのかと聞かれて、
偶然が重なったと思えばそうですが、私の右半分に溜まったネガティブが出ていく時が来たようです。
右側は男性性、左側は女性生と言います。
最近は年齢のせいか、浄化による本来の状態の表れか心身ともに中性度が上がってきています。これに関しては後編に書きます。
今日は以前の不調をご紹介します。
5年前の出来事です。
10月11日でした。右の首筋のリンパ節の痛みを伴う腫れが出ました。
倦怠感もあり、疲れなどから出たものだと思っていました。
2週間ほど様子を見ましたが、異常な倦怠感で息をするのもしんどい状態になってきたので近くの内科に行きました。
抗生物質を1週間分出されました。
私はペニシリン系にアレルギーがあるのでクラビットを処方されました。
1週間飲んでも状況は変わらず、再度受診したところ大きな病院に紹介状を書くので行ってくださいと言われました。
近くの総合病院で診療科は血液内科、血液検査と、エコーを取り、ドクターからお話。
『リンパ節の腫瘍は炎症性か悪性の2種類しかありません。良性の腫瘍というのは無いです。』
『炎症性の場合、抗生物質で収まるのが通常ですが、薬を飲まなくても3週間から1っか月で収まるのが通常です。』
『更に炎症性の場合は発熱などの症状を伴い、両側が同様に腫れる。大きさも2センチ程度まででそれより大きくなることはない』
私の場合、熱もなく片側だけがしこりが出ている状態でした。
その時点で1ヶ月経過でしたので、『悪性リンパ腫の可能性がありますが、もう少し経過を見ましょう』
となりました。
その後、2週間おきの受診を2回経過を見てという間に、首のしこりの数が増えて最初2個だったのが5~6個になりました。
脇の下のリンパ節も固くしこりがあたるようになり
『ほぼ悪性リンパ腫ですので、その場合この病院では治療ができないので別の病院に紹介しますので行ってください』と転院しました。
電車で一時間の大きな病院。
12月になっていました。倦怠感はマックスでこんなにしんどいのが悪性リンパ腫なはずないと私の中では確信がありましたが
薬を飲んでも悪化する一方で、お医者さんに頼るしか他に選択肢がありませんでした。
そうです。他に選択肢はなかったのです。辛くて何とかしてほしい。具合が悪くなったら病院に行ってお医者さんに診てもらう。その時の私にはこれ以外に思いつくものはありませんでした。
転院先でも1週間ごとの経過を見て2週間後までは待つとのこと。
倦怠感と痛みでしんどすぎて眠れない状態をとにかくどうにかしてほしいのに
その間はまた、効かない抗生物質を出され、そのころには、鎖骨の内側にもボコッとしこりが増えていました。
人が見てもわかるところで、会社にも年末の繁忙期ながら説明をして結局、手術となりました。
悪性リンパ腫は、固形癌と違って細胞診という診断は無く、確定診断をするためには症状の見られるリンパ節を切除して検査をするとのことでした。
麻酔の同意書や家族の立ち合い、数日の入院をして手術を受けました。
この時点で、炎症性ではないという判断で、悪性リンパ腫で間違いないだろうとのことで、使用する抗がん剤のタイプを決めるための手術というニュアンスに話が進んでいました。
なので、結果が分かり次第、抗がん剤の投与に通う事、お金の事やスケジュールの説明も受けていました。
私は、違うと思いながらも、もしそうでも今は悪性リンパ腫は固形癌とは違い完治する病気だと思っていたので、前回の乳癌騒動の時のような動揺はありませんでした。
結果は〈壊死性リンパ節炎〉まだ歴史の浅い疾患で治療法はなく、疲れやストレスのよって再発を繰り返すとの事でした。
仕方なく、忙しい時期に無理をお願いして会社を休み、とにかく療養をしました。
1ヶ月ほどで残っていたしこりはひいていき、体調も回復していきました。
この一連の出来事、今になって思うと浄化だったと感じます。
その時は関係がないと思っていましたが、実は中学2年生の頃同じところに原因不明の腫れが出たことがありました。
30年の時間を経て、私の体に起こったこと。
長くなるので、次回へ続きます。
最後までお読みくださりありがとうございます。