
哲学的かもしれませんが、いつも感じるのが、「人間は平等に不公平」な存在であること

人によっては恵まれた環境で育ったり、人によっては生まれながらに障害を持っていたり、人によっては不慮の事件・事故で命を落としたり

人によっては生きたいのに病気や環境で、生きることも儘ならなかったり、人によっては人生に悲観して生きる意欲もないのに、残酷な気持ちの中を死ぬ権利もなく生き続けなければならなかったり

多人数が共存するための決まりごととしてルールやマナーが存在し、それに従って生きることが求められます

原発も「賛成派」「反対派」が存在し、復興目的の瓦礫受け入れにしてもヒステリックな「反対派」が存在します。
これが正しい。という事はないですが、瓦礫受入反対のニュースを見ていると、自分たちが良ければ人のことなんかどうなっても良いとしか聞こえない

まぁ、彼らの主張を直訳するとそうなることは確かです。
只々「心配だから受け入れ反対」では、餓鬼の我儘と同じレベル。
人が困ってても、自分だけ良ければ他人が困っていようが知ったことではないでは、ルールやマナーから逸れていると言えるでしょう

