「縄文ヲシテ勉強会」・「縄文カレンダーワークショップ」

 

令和八年 あけましておめでとうございます。

 

昨年は、ホツマツタヱのオンライン勉強会もスタートし、

在宅でいつでもご視聴可能なアーカイブ動画もお求めいただけるようになりました。

今年もより多くの方に縄文ヲシテの魅力をご紹介するべく、

ヲシテ推し活に精進したいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いします。

 


zoom参加、アーカイブ動画のお申し込みは↓こちらから
【縄文ヲシテ勉強会】シェアガイド冨山喜子 

 

1月の勉強会のお知らせです。
1月1日現在の開催予定です。
随時更新いたします。
初めての方も、どうぞお気軽にご参加ください(*^^)v

 

 

◆1月8日(木) 【知多郡内海】びわカフェ
◎14時~16時
◎場所:知多郡南知多町内海南浜46-10
◎内海・縄文勉強会

◎内容:初回・縄文カレンダーwsヲシテ文字を学ぼう
◎参加費:3500/(ドリンク付)
 ※縄文カレンダー2026版別途1500/・テキスト①(1-3アヤ)別途1500/
◎お問い合わせ・お申し込み:高木隆司 携帯090-3831-8366

 

 

◆1月11日(日) 【多気】菜食ゆにわ
◎12時~15時
◎場所:菜食ゆにわ 多気郡多気町片野1213 ☎0598-49-2812
◎縄文・ほつまことほぎ勉強会
◎参加費:3000/(菜食ランチ付)・2000/(ランチ無・13時~15時)
 ※縄文カレンダー2026版別途1500/・テキスト①(1-3アヤ)別途1000/
 ※要予約!
◎内容:ホツマツタヱ1アヤ「キツのナとホムシさるアヤ」

 
 
◆1月13日(火) 【大紀町】そばかふぇ なごみ庵
◎13時~15時 ※ランチタイム;12時~
◎場所:蕎麦カフェなごみ庵 度会郡大紀町滝原1629-3
◎ほつまことほぎ勉強会
◎参加費:3000/(ランチ付)・2000/(ランチ無・13時~15時)
 ※縄文カレンダー2026版別途1500/・テキスト⑧(20-22アヤ)別途1000/
◎定員;10名 要予約! 携帯090-2140-9707
◎内容:ホツマツタヱ21アヤ「ニハリミヤ ノリさたむアヤ」
 
 
◆1月15日(木) 【Live配信】youtubeヲシテム
◎毎月1日・15日21時~22時
 縄文カレンダー・トホカミヱヒタメ暦を通して、
 縄文の宇宙観、季節感、マツリの由来や
 ヲシテ文字を読み解くヒントなどゆるく楽しくシェアしています。
 アワウタコーナーもお楽しみに♪

 

 
 

◆1月16日(金) 【志摩】ホツマなんばり勉強会
◎内容:ホツマツタヱ5アヤ「ワカのマクラコトハのアヤ」

 

 

◆1月19日(月)【縄文ヲシテ勉強会】オンライン

◎ 19時~20時半

◎場所:大阪市北区 さざなみ

    参加ご希望の方は場所をお知らせしますのでご一報ください。
        yoshico1018@yahoo.co.jp

◎内容ホツマツタヱの8アヤ「タマカエシ ハタレうつアヤ」後編
 ※当日ZOOM参加有り。

  アーカイブ動画もご活用ください。
オンラインショップ

 

 

◆1月20日(火)【東京】久我山LaniHonua
『ヲシテ勉強&お話会』 13時半〜16時半
◎場所 : LaniHonua 杉並区久我山 
◎参加費:2000/ 縄文カレンダー2026年度版別途1000/ テキスト⑤(15-16アヤ)別途1000/
◎内容:ホツマツタヱ16アヤ「ハラミツツシムオヒのアヤ」
※参加ご希望の方はご一報ください。場所の詳細をお知らせします。

 yoshico1018@yahoo.co.jp

 

 

◆1月21日(水) 【飯能】名栗の杜
◎12時半~15時半
◎場所:名栗の杜 埼玉県飯能市上名栗571 ☎042-979-0646
◎ホツマツタヱの23~24アヤ 古代の叡知への誘い
◎参加費:2500/ 定員:10名
 ※縄文カレンダー2026版別途1500/・テキスト⑧(23-24アヤ)別途1000/
  お持ちの方はご持参ください。
◎内容:ホツマツタヱ24アヤ「コヱクニ ハラミヤマのアヤ」
※当日は休業日になります。
 ご希望の方、酵素玄米のお稲荷さんと具沢山のお味噌汁を1000円にてお出しいたします。
 ご予約ください!

 

 

◆1月未定 【伊勢】
◎内容:ホツマツタヱ4アヤ「ヒノカミ ミツミナのアヤ」
 
 

縄文カレンダー2026年度版

ヲシテ文献から読み取れるコヨミ

トホカミヱヒタメ暦です。

 

ヲシテ時代の年中行事に関する記載は、

アマカミに代々伝わる『カクミハタ』トシウチニナスコトのアヤ

カガミのトミに代々伝わる『ミカサフミ』ナメコトのアヤ

ヲシテ文献を学ぶ基礎となる縄文哲学が示されています。

古代日本、縄文の先人たちの目線で宇宙を感じてみませんか
 

ご希望の際は、
お送り先のご住所、氏名、希望冊数を明記の上、
メールにてお知らせください。
メッセンジャーでもOKです。
mail:yoshico1018@yahoo.co.jp
オンラインshopでもお求めいただけます。

どうぞよろしくお願いいたします!

新嘗祭
宮中祭祀の大祭で、祝祭日の一つ。
収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、
また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。
宮中三殿の近くにある神嘉殿(しんかでん)にて執り行わる。
また、天皇が即位の令の後に初めて行う新嘗祭を大嘗祭という。


もともとは旧暦11月の二の卯の日に行われていたが、
旧暦11月13日~24日のいずれかが該当する。
卯の日が二回しかない場合は下卯、三回ある場合は中卯とも呼ばれる。
明治六年の改暦より11月23日とされた。
これは、同年11月の二の卯の日が11月23日だったことによる。

明治41年9月19日制定の「皇室祭祀令」では大祭に指定。
同法は昭和22年5月2日に廃止されたが、
以降も宮中では従来通りの新嘗祭が行われ、最も重要な祭祀としている。
神嘗祭と同様に神宮(伊勢神宮)には勅使が遣わされる。

以上、ウィキペディアより抜粋転載です。



「天皇が即位の令の後に初めて行う新嘗祭を大嘗祭という。」
 という一文から新嘗祭は縄文の「ウイナメヱ」であるとわかります。
「ウイナメヱ」は縄文の年度初め、「冬至の満月」です。

明治の改暦以前の11月の二の卯の日、、というのも、
すでに大陸の二十四節季を基にした旧暦の影響を受けていると考えられ、
もともとは冬至、もしくは冬至満月(旧暦11月15日)であったでしょう。


「冬至の満月」には深い意味が込められています。
ヲシテ文献より日本古来の「ウイナメヱ」をご紹介します。

そもそも、漢字の「嘗・なめ」は、
味わう、なめる、こころみる、ためす、また、新しくとれた穀物を神に供える祭りの意。

ヲシテの「ナメ」とは、為しゆく巡りの意であり、
「ナメコト」とは、大宇宙の実体化の為し来たることの意。
ヲシテ文字のエネルギーの流れを感じてみてください。


「ウイナメ・ヱ」は、
冬至(陰)より季節の為し行きが夏至(陽)へと転ずるヲカミの再来、
徐々に光り増し、再生の春を育む、はじまりの「ヱの守り」の意。

縄文カレンダー2026年度版の始まりの「ウイナメ・ヱ」は、
2026年1月3日(冬至満月・旧暦11月15日)に当たります。
縄文の年度初めです。





冬至を過ぎると夏至に向かい昼が少しずつ長くなります。
古代日本では、太陽に象徴される温かさの働きの「のカミ」の再来を祝い、
満月に「ウイナメヱ」として、年度初めの行事(ナメコト)を行っていました。
「ウヰナメ・ヱ」旧暦シモツキ望より、
一ヲ(一温・一陽:三陰)の「」のカミの守りに入ります。
 
 

ヱはネのみつの
ひとヲカミ  ひのみちささけ
ネにかゑす  ひとヲふせても
あめはゆき  トのカミオシテ
うゐなめゑ 
 トシウチニナスコトのアヤ



(冷・陰)カミが揃い極まった冬至を過ぎ、
日の温かさが一本の(温かさの働き)を招き、
地中を潤して霜柱が立ちます。
一温が生じても、地表の雨はまだ雪です。


ヱのナメはネに
シモのナカ  ヒウをまねけば
カツメカミ  カヂおネにひき
ヒおむかふ  このウイナメは
いまのノト  コホシまつりて
ヲめくりに  くろまめゐひの
ちからそふ 
 ミカサフミ・ナメコトのアヤ



◎ウイナメヱ【シモツキ望・旧暦11月15日】
ウイナメヱは、はじまりのナメ(為しゆくめくり)、
冬の至りの満月に、ヲカミ(一温・一陽)の再来を祝い、
大宇宙の中心(北の星)と季節のもたらす恵みを祭り、祖先を祭る行事。
三歳児は髪置きの儀、五歳より言葉を習うアワウタを教えるようになります。
男児は袴、女児は被衣、正装での儀式です。
シモツキ望、七五三の起源、縄文の年度初めといえそうです。

このウイナメは、2代アマカミ・クニサツチ時代の「コホシマツリ」に由来しています。
コホシ」(九星):アモト(宇宙の中心)とトホカミヱヒタメ
アモト」とは、宇宙の中心・源・ネ・根・北極星であり、
古代日本では宇宙創造祖「アメミヲヤ」をアモトにマツリ、
その周囲八方向に、方位方角・季節の守りとして
ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の八カミを配し、
コホシ」(九星)として祀っていました。
また、「アモト」は、ヒトのタマの還る処でもあるとし、
「アメミヲヤ」と代々の先祖のミタマに感謝を込めて、
季節の節々にお祭りを行っていました。


ヲシテ文献には、
「オオナメコト」の創始は外宮ご祭神のトヨケカミで、
 ヒタカミのクニでクニカミの代替に行われ、
 イサナギ・イサナミの七代アマカミ皇位継承の際に執り行われたと記され、
 以後、毎年の祭祀は「ウヰナメヱ」とし、
 新アマカミご即位の年は「オオナメコト」が執り行われたと伝えています。




『縄文カレンダー』西暦2026年度版
 おかげさまで、縄文カレンダーも11年目を迎えました!
 心より感謝申し上げます。
 ご希望の際は下記をご参照ください。
縄文カレンダー2026版✨️出来ました!

【縄文ヲシテ勉強会】オンラインショップ:  
勉強会のアーカイブ動画をご希望の方は、

こちらからお申し込みください。
縄文カレンダー、テキストもご活用ください。

 

 

 

驕りの業火の「(炎)の尾っぽ」を巻かせるには、

ハシカミ(生姜)ヲガ(土生姜)メガ(茗荷)

燻すと良いでしょう。

 

 

カダマロが モロにをしゑて

のにいたる ハタレミタリが

さきみたれ いくゑかはりて

おどろかす カタマロなける

あけねつみ キクタミうばい

むさほるお モロカミつよく

たゝかえば ゆつりにくるお

おいつめて チたりとらゑて

きらんとす ふつくなけきて

やつかれら かえりもふでん

アメタミと いのちおこえは

 

揚げネズミをハタレ達の許に投げ入れますと、

ハタレ達は、群がり食い散らし、戦うどころではありません。

たちまちチタリ(千人)ほども捕え、死刑を宣言しましたならば、

ハタレ達は深く嘆いて、口々に命乞いをします。

 

カタマロが みなときゆるし

わらなわお さわになはせて

はしかみと めがおいぶせは

みたるゝお さらにたゝかい

おひつめて ふつくとらゑて

さきためし つひにおいつめ

ミハタレお しばるわらびに

キクツネお みさとのあみお

のにはりて みなおひいれて

たまつなき キクツネすべて

ミソミヨロ ミタリはつゝが

モロかえりけり

 

 

 

てくるまのうち

セオリツメ アメのみかげに

アキツメは ヒのみかげさす

イフキヌシ クマノクスヒと

マテにあり しろくろこまに

モロそひて ヤマタにいたり

 

キジとべは ハルナハハミチ

のもやまも かゑてむらくも

ほのほふき トゲヤのあられ

ナルカミに みかたかえれは

ヲヲンカミ かねてさつさに

うたみつけ なくれはたしむ

ハタレマお サツサツゞうた

 

ハルナ達は、野も山も見分けのつかぬほどの

ムラクモを立ち込めさせた中で、炎を吹き、

棘矢を霰のように射て降らせているとの、偵察隊からの報告を受け、

アマテルカミはウタを詠まれ、ウタミ(札のような物)に染めて、

ハタレ達の中に投げ込ませました。

「サツサ・ツツウタ」です。

 

さすらても ハタレもはなけ

みつたらず カカンなすがも

てたてつき かれノンテンも

アにきかず ひつきとわれは

アワもてらすさ

 

※ツヅウタ:連歌の古形。

サツサツヅウタは、五十五音から成り、

首頭のサスラが首尾のラスサと来るのが特徴。

後に、五七七で連ねてゆく連歌形式に発展する。

 

 

モロうたふ ハタレいかりて

やのあられ カミのタミメに

やもたゝす いやたけいかり

ひばなふく カミミツハメお

まねくとき ほのほきゆれは

むなさわぎ にけんとするお

 

タチカラヲ ハタレハルナに

とびかゝり ちからあらそひ

おししばる ハタレマもみな

とりしばり まえにひきすゑ

たれあぐる キミやさかにの

マカルタマ セオリはマフツ

やたかがみ アキツくさなぎ

やゑつるぎ ときにイフキト

ゆえおとふ ハルナこたえて

 

タチカラヲが飛びかかり、ついにハルナを抑え込んで縛り上げました。

ハルナに群がるハタレ群衆も取り縛り、尋問が始まります。

 

タチカラヲ・シツヒコ:

父オモイカネ・母ワカヒメ、アマテルカミの甥・別名トカクシ。

 

頭目ハルナが、アマテルカミのミテクルマの前に引き出されました。

御前のタレ(みす・御簾)をあげますと、アマテルカミの御手には、

ヤサカニのマカルタマがしっかりと握られていました。

命を賭する覚悟の象徴です。

そして、正后セオリツヒメマフツのヤタカガミ

(西)のスケキサキ、ハヤアキツヒメの御手には、クサナギのヤヱツルギ

 

 

 

 

このハタレ ヌヱあしもちぞ

はけわざに たふらかすもの

みなきらん ときにクスヒが

クマノカミ まねけはカラス

ヤツきたる こゝにハタレの

ちおしぼり ちかひとゝめて

うしほあび かげうつすとき

ムマスタリ ひとなるはみな

タミとなる

 

「このハタレは、ヌヱ・アシモチ(災いを起こす鳥)に被れ、

化け技でたぶらかす者達、、皆斬ってしまうのが適切でしょう。」

とその時、クマノクスヒは、助命するべき者もあるのでは、、と考え、

クマノカミを招いて祭りますと、八羽のカラスが飛び来りました。

なんとも深い繋がりを感じる出来事です。

 

そこで、もう反逆はしないという血を以っての誓い(熊野牛王神符)をさせ、

海水でミソギの後、再びカガミに映しますと、羽は見えなくなりました。

ハタレの悪夢からの解放者は六万人に及び、この者たちはタミに復帰しました

 

 

さきのつゝがの

ムハタレも ハルナがものま

ヰチタリと くにあつけヨチ

みなめして ちおそゝくとき

キクミタリ すぐにきつねの

かけあれは なもミツキツネ

ミソミヨロ たまたちせんお

カダがこふ モロゆるさねは

カタノカミ ナゝたびちかふ

のりこちに やゝゆるさるゝ

 

ミコトノリ ミツヒコがこと

もろきつね ウケノミタマお

まもらせよ もしもたがはば

すみやかに たまたちなせよ

このゆえに ながくなんちに

つけるなり アマツミコトの

おもむきお つげてアニヒコ

こゝにとめ ナカはやましろ

はなやまの オトはひがしの

あすかのえ きつねもミツに

わけゆきて たはたのとりお

おわしむる ウケノミタマと

ウケモチも カタノカミなり

 

キクツネ三兄弟と雲集の者達は、ウケノミタマ(カタノカミ)を護るべし

もしも再び悪さをするようなことがあれば、速やかにタマタチ為せよ。

この条件において、長きに渡り、カタノカミの属民として付け置くなり。

 

アマカミのミコトノリによって、三兄弟をそれぞれ分け置くことになり、

長兄二見浦(石狐神社いしゃぐ・明治まで存在、輿玉神社の前社)

次男はヤマシロのハナヤマノ(京都市山科区花山稲荷付近)に、

末弟は東のアスカノ(東京都北区王子駅側の飛鳥山)に置かれました。

 

キクツネ配下の群衆も、三分割してそれぞれに分け置き、

田畑の鳥を追い払うなど、キツネの影の習性が活かされます。

「カタノカミ」の称号は、尚の事、尊敬されるようになり、

先祖の称号の「ウケノミタマ」「ウケモチ」にも並ぶほどになりました。

 

 

シムミチも ヰソラヰヅナも

ちおぬきて オシテにちかひ

しほあびて うつすかがみに

なおサルと オロチとミヅチ

かげあれは そゝいてはげぬ

モゝミソは すでにころすお

ミコトノリ きらばみのほに

なやまんぞ ヒトなるまては

たすけおき ヒトなるときに

カミのたね みねにあつけて

そのヲシテ ハタレマコチと

タミコヨロ うつむタカノの

たまかわぞこれ

 

 

ミソギをしてもその影の消えぬモモミソ(百三十人)には、

タマタチを以って処し、他のハタレの者達への処罰に際し、

アマテルカミはおっしゃいました。

 

単に斬ってしまえば、ミノホ(一日三回に及ぶ悩みの炎)に悩まされることもなくなるが、

果たして、その者にとって良いことなのか、、

ヒトになるまでは助け置き、ヒトになったら、そのうちに、

カミ(指導者)にも成り得るかもしれぬ。

里から離しておけば、人々に害することも無いでしょう。

***

 

 

またハタレ なんちわかばゑ

はちみする やつことせんと

なりめくる ハタゝカミナリ

イフキトは ウツロイまねき

これおけす むらくもおゝい

くらませは シナトおまねき

ふきはらふ ほのほおはきて

むろやけは タツタメまねき

これおけす

 

ハタレむせんて

このはして つぶてあられに

タミせめる みかたひれきて

カグいれて うちこほさせは

ハタレマの うはひはむまに

とりしはる

 

ハタレもひれし

まはすばゐ みておどろけは

かんがえて ほらかゐふかせ

まひれけし カグむさほらせ

これおうつ ハタレつちもて

カミおうつ カミはにぎてに

うつつちの やれてトヘラの

はうちわや こゝにハタレが

むなさわぎ にぐるおつかむ

タチカラヲ ついにわらびの

なわしばり

 

なんぢやつこと

なすべきや なるやといえど

ものいわず きらんとすれは

イフキヌシ とゝめてこれも

ちかいなす ヒマスのものま

あゐぬかげ ほのほものがれ

チワヤふる カミのめくみと

チゝをがむ

 

アメヱのミチをカガミの前に立たせると、

アヰヌ(我(ア)が我が、我こそはアの心(ヰ)を受けたり(ヌ)と、

神憑りで他人をたぶらかす)の影が映し出されました。

アマテルカミによって心を苛む炎の苦しみが消え去り、

命拾いしたアメヱのミチ達は、カミの恵みと千回にも渡り感謝して拝みました。

 

 

すべてナゝマス

コゝチみな ヒトなるノリの

みかがみと セオリツヒメの

もちいでゝ のちのハタレの

ヒトとなる マフツノカガミ

みるために フタミのイワと

なつけます よゝあらしほの

ヤモアヒに ひたせとさびぬ

カンカガミ いまながらえり

 

空前の大クーデターに膨れ上がったハタレの乱は終息に至りました。

全ハタレ総数ナナマスココチ(七十万九千人)

ヒトと成り得るのか否かの判定に役立たせたマフツのカガミ

さらに役立てようと、セオリツヒメは海の大岩に置く事になさいました。

 

過ちに気付き、ハタレの悪夢から目覚め、ヒトと成り得た者達が、

昔の過誤に再び陥らぬよう、再びカガミを見られるようにとのお心です。

それでその岩を「フタミのイワ」(二見岩・二見浦)と名付けました。

世々、荒潮の波打ちに浸され続けても、

マフツのカンカガミは錆びずに(合金)長い間その姿を留めたということです。

 

タカノには ばけものいでゝ

イフキヌシ ミヤおたつれは

しつまるに ヲシテたまわる

タカノカミ

 

またカナサキは

スミヨロシ カミのヲシテと

みはのそを たまふツクシの

タミすべて ゆひをさむへし

わがかはり

 

ミソギツカサのカナサキには、

「スミヨロシ」の尊称が授与され、ヲシテと

朝廷直轄地のソヲ(九州南部・霧島・宮崎・鹿児島)の統治が委任されました。

 

またフツヌシは

カグヤマお つかさとれとて

カトリカミ タケミカツチは

なるカミに タケモノヌシの

カフツチと さきのくにゑに

ゆりしつむ カナイシツチも

たまふなり

 

ツハモノヌシが

タマカエシ きよきまことの

はなふりて ミチにアもなし

しきあがた アナシウヲカミ

ヲシテそえ すゑてうつしひ

カンヲヂぞ ヰチゝがゑなむ

タマカエシ ココストのネお

むすぶふみ コゝトムスビの

なにすゑて カスガトノとぞ

たふとませ

 

今度生まれて来るときは、良い巡り合わせに成り得る、、

タマカエシ(迷えるタマを宇宙の源に還す)こそが、

ハタレ達への大きな賜り物と、

ツハモノヌシには、シギのアガタ(現奈良盆地)の統治と、ヲシテをそえて、

ア(天)ミチを為した大いなる者、「アナシ・ウヲカミ」の称号を授けます。

 

次の生まれをより良くする事を祈念する「タマカエシのノリ」は、

ヰチチがそのノト(祝詞)のフミを編み記しました。

迷えるタマ(魂)をアモト(宇宙の中心)にまで通わすミチを行ったとして、

アマテルカミより「カスガトノ」の最上格の称号が授与されました。

 

キミカナサキに

のたまふは よろものきれど

タマカエシ みたれをとけは

カミとなる コゝチカスガと

さとのなも ヲキナがもりも

たまわれは カトリがいもと

アサカヒメ コゝトムスビの

つまとして うむカスガマロ

ワカヒコぞこれ

 

ココトムスヒは、多くの戦闘のあったカスガの地で鎮魂の祭りをし、

カトリ(フツヌシ)の妹のアサカヒメを妻として、産まれたのがカスガマロ・

ワカヒコ、後にカスガノカミと称されるアマノコヤネの誕生です。

 

※春日大社:ハタレの鎮魂、万燈え

 

 

 

参考文献・参考資料
◎『ホツマ辞典』池田満著・展望社
◎ヲシテ文献の世界へようこそ-日本ヲシテ研究所「ヲシテ文献・大意」
◎『記紀原書ヲシテ』上・下巻 池田満・辻公則著・展望社
※ヲシテフォントの商標権、意匠権は、日本ヲシテ研究所にあります。


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2月4日は立春🌸ハルタツヒ!
その前日が節分、今年は2月3日です。

一年の節目、年の変わり目は、、
西暦では元旦を迎える大晦日ですが、
縄文ヲシテの記述では、
新年が「ハルタツヒ」(立春)、
その前日が「トシワケ」(節分)です!
ややこしいですが、旧暦元旦は新月のムツキハツヒ(2026.2.17)

縄文カレンダーもそうですが、

月の巡り(旧暦)の12カ月は365日ではないからです。
カウントダウンは立春点、2月4日5:02でしょうか?

さて、縄文の節分・トシワケの行事は、また後ほど





ヲシテ文献『ミカサフミ』タカマナルアヤ
「立春」に関する記述があります!

「タカマ」とは私たちを取り巻く大宇宙のこと。
 ぜひ原文を何度も何度も声に出してイメージしてみてください。


アマメクリ ヒはをゝきくて
ヒトおくれ ミモムソヰたび
ヒトトシの ハルタツヒには
もとにきて ひとたびもとの
ほしにあい つきはおもくて
ソミノリお おくれヒにあふ
ツイタチぞ ほしにソミあふ
アメはヱナ ヒツキヒトみな
アメのエナ そとはタカマノ
ハラまわり


概要としましては、
1年365日は、ヒ(太陽)の巡りです。
ハルタツヒにはモトに来て、ひとたび元の星に会い、、
天体観測のその始まりの基準は「ハルタツヒ」(立春)です。

月の12ヵ月では365日に満ちず、
月は重くてソミノリ(13ヵ月)、遅れて「ツイタチ」になります。
トシワケは「ハルタツヒ」の前日です。

アメ(天)は、エナ(コミヤ・子宮)、
太陽も月も人も皆、アメのヱナ、
外はタカマ(大宇宙)のハラ(腹)まわり

太陽系まるごと、タカマ(大宇宙)のハラ(腹)の中、、という概念!



●トシワケ・オニヤラヰ

としわけのよは
まめおいり みなおにやらふ
かおひらき しめひきふさき
もののかき ほながゆつりは
はゑゆつは むぎにとしこへ
 ミカサフミナメコトのアヤ




「トシワケ」の夜は「オニヤラヰ」

オニとは、凝り固まった思いや憎しみ、嫉妬心などの事。
オニヤラヰとは、悪い芽が出ぬように豆を炒り、
マ(魔・悪心・障り)のメ(芽)を断つ行事です。




天地自然の安寧を祈願し、「トシノリカミ」「ヤマサカミ」をお祭りします。
カ(西)をヒラキ(柊)とヰワシ(鰯)で塞ぎます。
ウラジロやユヅリハで〆め飾り、麦を食して年越えのお祭りとします。

ちなみに、アマテルカミ最盛期のイサワノミヤのある志摩や鳥羽では、
現在でも「アラクサ」という行事が残っている地域があり、大晦日に豆まきをします。
豆炒りの時に先を削った木にイワシを刺して、パチパチと火であぶり、
その音と臭気で邪気を払うとされ、魔除けとして玄関にさしておくそうです。

節分といえば、豆と鬼、そして近年では恵方巻も風物詩となりました。
ちなみに、2026年の節分の恵方は「 南南東(やや南)」。
恵方とは、その年の幸運を司る歳徳神のいる方角だそうです。
歳徳神は、「としとくじん」と読むようですが、
ヲシテ文献の「トシノリカミ」が進化したものなのでしょうか?

◎トシノリカミ
初代クニトコタチの時代(縄文前期)、
「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」

 (東西中央南北方位、季節の守り)と
「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」

 (食べ物・イノチ(生命)の守り・アメのもたらしと地上の育み)の
ソヒ(十一)カミを祭り、「トシノリカミ」としました。
東西南北中央、、中央にミハシラをイメージして、
宇宙からのもたらしと大地の育み、
とは、「ピラミッド」?!
わたしたちはみんな、その守りの内にある、、。ということですね。


◎ヤマサカミ
七代イサナギ・イサナミの時代(大きく事が整えられてきた時代・縄文~弥生)、
コヨミを守る役目を担ってもらうため、

「ヤマサ」の八カミを添えて祭ることにしました。
自然神の八つの働きを祭ります。

ウツロヰ(大気)
シナトヘ(風)
カクツチ(火)
ミツハメ(水)
ハニヤス(土)
・自然界のヲヲトシカミ(穀物を成らせる)
スヘヤマスミ(木々が雨から土を守る)
タツタヒメ(火災からの守り)

トシワケには、天地自然の安寧を祈念する!



トシノリカミ・ヤマサカミについて、
ホツマツタヱ《22アヤ・オキツヒコ・ヒミツノハラヒ》より
抜粋で祭祀のノト(祝詞)をご紹介しています。
祓いの祝詞です。
ハライノリト

 

 



参考文献・参照資料
◎ヲシテ文献の世界へようこそ:日本ヲシテ研究所「ヲシテ文献・大意」
◎ホツマ辞典:池田満著・展望社 
◎よみがえる日本語:青木純雄・平岡憲人著・明治書院
◎よみがえる日本語Ⅱ:青木純雄・斯波克幸著・明治書院 
※ヲシテフォントの商標権、意匠権は、日本ヲシテ研究所にあります。





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冨山喜子
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