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驕りの業火の「ウ(炎)の尾っぽ」を巻かせるには、
ハシカミ(生姜)のヲガ(土生姜)やメガ(茗荷)で
燻すと良いでしょう。
カダマロが モロにをしゑて
のにいたる ハタレミタリが
さきみたれ いくゑかはりて
おどろかす カタマロなける
あけねつみ キクタミうばい
むさほるお モロカミつよく
たゝかえば ゆつりにくるお
おいつめて チたりとらゑて
きらんとす ふつくなけきて
やつかれら かえりもふでん
アメタミと いのちおこえは
揚げネズミをハタレ達の許に投げ入れますと、
ハタレ達は、群がり食い散らし、戦うどころではありません。
たちまちチタリ(千人)ほども捕え、死刑を宣言しましたならば、
ハタレ達は深く嘆いて、口々に命乞いをします。
カタマロが みなときゆるし
わらなわお さわになはせて
はしかみと めがおいぶせは
みたるゝお さらにたゝかい
おひつめて ふつくとらゑて
さきためし つひにおいつめ
ミハタレお しばるわらびに
キクツネお みさとのあみお
のにはりて みなおひいれて
たまつなき キクツネすべて
ミソミヨロ ミタリはつゝが
モロかえりけり

てくるまのうち
セオリツメ アメのみかげに
アキツメは ヒのみかげさす
イフキヌシ クマノクスヒと
マテにあり しろくろこまに
モロそひて ヤマタにいたり
キジとべは ハルナハハミチ
のもやまも かゑてむらくも
ほのほふき トゲヤのあられ
ナルカミに みかたかえれは
ヲヲンカミ かねてさつさに
うたみつけ なくれはたしむ
ハタレマお サツサツゞうた
ハルナ達は、野も山も見分けのつかぬほどの
ムラクモを立ち込めさせた中で、炎を吹き、
棘矢を霰のように射て降らせているとの、偵察隊からの報告を受け、
アマテルカミはウタを詠まれ、ウタミ(札のような物)に染めて、
ハタレ達の中に投げ込ませました。
「サツサ・ツツウタ」です。
さすらても ハタレもはなけ
みつたらず カカンなすがも
てたてつき かれノンテンも
アにきかず ひつきとわれは
アワもてらすさ
※ツヅウタ:連歌の古形。
サツサツヅウタは、五十五音から成り、
首頭のサスラが首尾のラスサと来るのが特徴。
後に、五七七で連ねてゆく連歌形式に発展する。
モロうたふ ハタレいかりて
やのあられ カミのタミメに
やもたゝす いやたけいかり
ひばなふく カミミツハメお
まねくとき ほのほきゆれは
むなさわぎ にけんとするお
タチカラヲ ハタレハルナに
とびかゝり ちからあらそひ
おししばる ハタレマもみな
とりしばり まえにひきすゑ
たれあぐる キミやさかにの
マカルタマ セオリはマフツ
やたかがみ アキツくさなぎ
やゑつるぎ ときにイフキト
ゆえおとふ ハルナこたえて
タチカラヲが飛びかかり、ついにハルナを抑え込んで縛り上げました。
ハルナに群がるハタレ群衆も取り縛り、尋問が始まります。
◆タチカラヲ・シツヒコ:
父オモイカネ・母ワカヒメ、アマテルカミの甥・別名トカクシ。
頭目ハルナが、アマテルカミのミテクルマの前に引き出されました。
御前のタレ(みす・御簾)をあげますと、アマテルカミの御手には、
ヤサカニのマカルタマがしっかりと握られていました。
命を賭する覚悟の象徴です。
そして、正后セオリツヒメはマフツのヤタカガミ、
ツ(西)のスケキサキ、ハヤアキツヒメの御手には、クサナギのヤヱツルギ。


このハタレ ヌヱあしもちぞ
はけわざに たふらかすもの
みなきらん ときにクスヒが
クマノカミ まねけはカラス
ヤツきたる こゝにハタレの
ちおしぼり ちかひとゝめて
うしほあび かげうつすとき
ムマスタリ ひとなるはみな
タミとなる
「このハタレは、ヌヱ・アシモチ(災いを起こす鳥)に被れ、
化け技でたぶらかす者達、、皆斬ってしまうのが適切でしょう。」
とその時、クマノクスヒは、助命するべき者もあるのでは、、と考え、
クマノカミを招いて祭りますと、八羽のカラスが飛び来りました。
なんとも深い繋がりを感じる出来事です。
そこで、もう反逆はしないという血を以っての誓い(熊野牛王神符)をさせ、
海水でミソギの後、再びカガミに映しますと、羽は見えなくなりました。
ハタレの悪夢からの解放者は六万人に及び、この者たちはタミに復帰しました
さきのつゝがの
ムハタレも ハルナがものま
ヰチタリと くにあつけヨチ
みなめして ちおそゝくとき
キクミタリ すぐにきつねの
かけあれは なもミツキツネ
ミソミヨロ たまたちせんお
カダがこふ モロゆるさねは
カタノカミ ナゝたびちかふ
のりこちに やゝゆるさるゝ
ミコトノリ ミツヒコがこと
もろきつね ウケノミタマお
まもらせよ もしもたがはば
すみやかに たまたちなせよ
このゆえに ながくなんちに
つけるなり アマツミコトの
おもむきお つげてアニヒコ
こゝにとめ ナカはやましろ
はなやまの オトはひがしの
あすかのえ きつねもミツに
わけゆきて たはたのとりお
おわしむる ウケノミタマと
ウケモチも カタノカミなり
キクツネ三兄弟と雲集の者達は、ウケノミタマ(カタノカミ)を護るべし。
もしも再び悪さをするようなことがあれば、速やかにタマタチ為せよ。
この条件において、長きに渡り、カタノカミの属民として付け置くなり。
アマカミのミコトノリによって、三兄弟をそれぞれ分け置くことになり、
長兄は二見浦(石狐神社いしゃぐ・明治まで存在、輿玉神社の前社)に
次男はヤマシロのハナヤマノ(京都市山科区花山稲荷付近)に、
末弟は東のアスカノ(東京都北区王子駅側の飛鳥山)に置かれました。
キクツネ配下の群衆も、三分割してそれぞれに分け置き、
田畑の鳥を追い払うなど、キツネの影の習性が活かされます。
「カタノカミ」の称号は、尚の事、尊敬されるようになり、
先祖の称号の「ウケノミタマ」や「ウケモチ」にも並ぶほどになりました。
シムミチも ヰソラヰヅナも
ちおぬきて オシテにちかひ
しほあびて うつすかがみに
なおサルと オロチとミヅチ
かげあれは そゝいてはげぬ
モゝミソは すでにころすお
ミコトノリ きらばみのほに
なやまんぞ ヒトなるまては
たすけおき ヒトなるときに
カミのたね みねにあつけて
そのヲシテ ハタレマコチと
タミコヨロ うつむタカノの
たまかわぞこれ
ミソギをしてもその影の消えぬモモミソ(百三十人)には、
タマタチを以って処し、他のハタレの者達への処罰に際し、
アマテルカミはおっしゃいました。
単に斬ってしまえば、ミノホ(一日三回に及ぶ悩みの炎)に悩まされることもなくなるが、
果たして、その者にとって良いことなのか、、
ヒトになるまでは助け置き、ヒトになったら、そのうちに、
カミ(指導者)にも成り得るかもしれぬ。
里から離しておけば、人々に害することも無いでしょう。
***

またハタレ なんちわかばゑ
はちみする やつことせんと
なりめくる ハタゝカミナリ
イフキトは ウツロイまねき
これおけす むらくもおゝい
くらませは シナトおまねき
ふきはらふ ほのほおはきて
むろやけは タツタメまねき
これおけす
ハタレむせんて
このはして つぶてあられに
タミせめる みかたひれきて
カグいれて うちこほさせは
ハタレマの うはひはむまに
とりしはる
ハタレもひれし
まはすばゐ みておどろけは
かんがえて ほらかゐふかせ
まひれけし カグむさほらせ
これおうつ ハタレつちもて
カミおうつ カミはにぎてに
うつつちの やれてトヘラの
はうちわや こゝにハタレが
むなさわぎ にぐるおつかむ
タチカラヲ ついにわらびの
なわしばり
なんぢやつこと
なすべきや なるやといえど
ものいわず きらんとすれは
イフキヌシ とゝめてこれも
ちかいなす ヒマスのものま
あゐぬかげ ほのほものがれ
チワヤふる カミのめくみと
チゝをがむ
アメヱのミチをカガミの前に立たせると、
アヰヌ(我(ア)が我が、我こそはアの心(ヰ)を受けたり(ヌ)と、
神憑りで他人をたぶらかす)の影が映し出されました。
アマテルカミによって心を苛む炎の苦しみが消え去り、
命拾いしたアメヱのミチ達は、カミの恵みと千回にも渡り感謝して拝みました。
すべてナゝマス
コゝチみな ヒトなるノリの
みかがみと セオリツヒメの
もちいでゝ のちのハタレの
ヒトとなる マフツノカガミ
みるために フタミのイワと
なつけます よゝあらしほの
ヤモアヒに ひたせとさびぬ
カンカガミ いまながらえり
空前の大クーデターに膨れ上がったハタレの乱は終息に至りました。
全ハタレ総数ナナマスココチ(七十万九千人)。
ヒトと成り得るのか否かの判定に役立たせたマフツのカガミを
さらに役立てようと、セオリツヒメは海の大岩に置く事になさいました。
過ちに気付き、ハタレの悪夢から目覚め、ヒトと成り得た者達が、
昔の過誤に再び陥らぬよう、再びカガミを見られるようにとのお心です。
それでその岩を「フタミのイワ」(二見岩・二見浦)と名付けました。
世々、荒潮の波打ちに浸され続けても、
マフツのカンカガミは錆びずに(合金)長い間その姿を留めたということです。
タカノには ばけものいでゝ
イフキヌシ ミヤおたつれは
しつまるに ヲシテたまわる
タカノカミ
またカナサキは
スミヨロシ カミのヲシテと
みはのそを たまふツクシの
タミすべて ゆひをさむへし
わがかはり
ミソギツカサのカナサキには、
「スミヨロシ」の尊称が授与され、ヲシテと
朝廷直轄地のソヲ(九州南部・霧島・宮崎・鹿児島)の統治が委任されました。
またフツヌシは
カグヤマお つかさとれとて
カトリカミ タケミカツチは
なるカミに タケモノヌシの
カフツチと さきのくにゑに
ゆりしつむ カナイシツチも
たまふなり
ツハモノヌシが
タマカエシ きよきまことの
はなふりて ミチにアもなし
しきあがた アナシウヲカミ
ヲシテそえ すゑてうつしひ
カンヲヂぞ ヰチゝがゑなむ
タマカエシ ココストのネお
むすぶふみ コゝトムスビの
なにすゑて カスガトノとぞ
たふとませ
今度生まれて来るときは、良い巡り合わせに成り得る、、
タマカエシ(迷えるタマを宇宙の源に還す)こそが、
ハタレ達への大きな賜り物と、
ツハモノヌシには、シギのアガタ(現奈良盆地)の統治と、ヲシテをそえて、
ア(天)にミチを為した大いなる者、「アナシ・ウヲカミ」の称号を授けます。
次の生まれをより良くする事を祈念する「タマカエシのノリ」は、
ヰチチがそのノト(祝詞)のフミを編み記しました。
迷えるタマ(魂)をアモト(宇宙の中心)にまで通わすミチを行ったとして、
アマテルカミより「カスガトノ」の最上格の称号が授与されました。
キミカナサキに
のたまふは よろものきれど
タマカエシ みたれをとけは
カミとなる コゝチカスガと
さとのなも ヲキナがもりも
たまわれは カトリがいもと
アサカヒメ コゝトムスビの
つまとして うむカスガマロ
ワカヒコぞこれ
ココトムスヒは、多くの戦闘のあったカスガの地で鎮魂の祭りをし、
カトリ(フツヌシ)の妹のアサカヒメを妻として、産まれたのがカスガマロ・
ワカヒコ、後にカスガノカミと称されるアマノコヤネの誕生です。
※春日大社:ハタレの鎮魂、万燈え

参考文献・参考資料
◎『ホツマ辞典』池田満著・展望社
◎ヲシテ文献の世界へようこそ-日本ヲシテ研究所「ヲシテ文献・大意」
◎『記紀原書ヲシテ』上・下巻 池田満・辻公則著・展望社
※ヲシテフォントの商標権、意匠権は、日本ヲシテ研究所にあります。
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