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『ヤクモウチ コトつくるアヤ』ホツマツタヱ【九アヤ】
あらかねの つちにおちたる
サスラヲの アメのおそれの
みのかさも ぬがでやすまん
やともなく ちにさまよひて
とがめやる すりやわことに
たとりきて ついにネのクニ
サホコなる ゆけのソシモリ
ツルメソが やどにつぐむや
シムのムシ
時のアマカミの弟君として何不自由なく、国民からも敬意が寄せられていた、、
そのような恵まれた立場から一転して、罪人の身の上となったソサノヲは、、
刺青を刺され、流浪罪人の出で立ちの蓑と笠を身に付け、よれよれになった
纏いものを見ては、多くの人々に目を背けられてしまうほどの姿で、
身体も冷えて疲れ果てても、休むべき場所も得られずに、
今日の食べ物にも窮するありさまです。
それが、「世にさすらう」サスラヲの罪の責めなのです。
やっとのことで、ネのクニサホコに至り、矢じり摺りの工房に辿り着いたとき、
工房の主人ソシモリのツルメソさんが罪人のソサノヲを受け入れてくれました。
何とか、最小限の生活の目処も立ち、落ち着くことが出来たのです。
ソサノヲにとっては、どれほど有難かったことでしょう。
サタのアレヲサ
アシナツチ ソヲのてにつき
ヤメうめど おひたちかぬる
かなしさは ヒカワのかみの
やゑたには つねにむらくも
たちのほり そびらにしげる
まつかやの なかにやまたの
オロチゐて ははやかがちの
ひとみけと つつがせらるる
ナナむすめ のこるひとりの
イナタヒメ これもはまんと
さて、そうしますうちに、
サホコ(後の出雲地方)に暮らしていたアカツチの弟のアシナヅチには、
八人の娘がいましたが、ソサノヲとの縁談の噂がささやかれますと、
たちまちにオロチに噛み殺され、なんと七人の娘が次々に悲劇に会いました。
「オロチ」とは、愚かな力、劣った知性、恐ろしい連中のこと、、
その昔仲の良かった義理の姉、ハヤコに群がる夜盗郎党の一群だというのです。
ヒカワ(斐伊川)の上流の入り組んだ山あいは、常にムラクモが立ち昇り、
その山間にたむろする八人の頭目を配下に、怒り狂ったハヤコが采配を振るい、
「残る一人のイナタヒメも血祭りにあげろ」と、目をぎらつかせているのです。
ソサノヲは、余りの酷さに呆然とします。
タラチネは てなであしなで
いたむとき ソサノミコトの
かんとひに あからさまにそ
こたゑけり ヒメおゑんやと
いやといに みなハタレぞと
うらとえは アメのオトトと
あらはれて ちぎりおむすぶ
両親(テナツチ・アシナツチ)は、どうする術もなく、
ただイナタヒメの手を撫で、足を撫でてやるのが精いっぱいでした。
ソサノヲが一家を訪ね、事情をきいてみますと、切々と心の痛みを訴えます。
「イナタヒメを妻に迎えたいがよろしいでしょうか、、」と
唐突にソサノヲが訊ねますと、両親は驚いて
「いったい、あなたは、どなた様でしょうか、、
こんな娘ですから、オロチに付きまとわれてしまいますよ」と訊ねます。
「わたくしは、アマテルカミの弟、、原因の当事者です」との答に両親は、
「そういうことでしたら、どうぞ、助けてやってください」と懇願します。
イナタヒメ やめるほのほの
くるしさお そでわきさきて
かせいれは ほのほもさめて
こころよく わらへのそでの
わきあけぞ ヒメはゆけやに
かくしいれ スサはやつみの
ヒメすがた ゆづのつげくし
つらにさし
やまのさすきに
ヤしほりの さけおかもして
まちたまふ ヤまたかしらの
オロチきて ヤふねのさけお
のみゑいて ねむるオロチお
づだにきる ははがヲサキに
ツルギあり ははむらくもの
なにしあふ
杉の木の香の芳醇な酒をシホリサケの手法で醸します。
甘くまったりとした濃厚な酒を八樽用意して、待ち伏せます。
そこへオロチたちがやってきて、樽にへばりつき、飲み干してゆきます。
濃厚な酒に、夜盗盗賊もヘベレケに酔いつぶれ、みんな眠ってしまいました。
そこをすかさずソサノヲは、ハヤコ、オロチ共々斬り殺しました。
この時、ハヤコの所持していた剣が、「ハハムラクモ(ムラクモのツルギ)」です。
ソサノヲの子孫が受け継ぎ、後世、ヤマトタケの東北遠征に引き継がれます。
イナタヒメして
オオヤヒコ うめはソサノヲ
ヤスカワに ゆきてちかひの
ヲノコうむ あかつといえは
あねがめに なおきたなしや
そのこころ はぢおもしらぬ
よのみたれ これみなそれの
あやまちと おもえはむせぶ
はやかえれ ソサノヲはぢて
ネにかえる のちオオヤヒメ
ツマヅヒメ コトヤソうみて
かくれすむ
イナタヒメとの間に、男の子が生まれ、オオヤヒコと名付けられました。
ソサノヲは大喜びで、早速、姉のワカヒメに報告するため、
ヤスカワ(現、琵琶湖の南東岸・野洲川)に向かいました。
「どうです、男の子が産まれました!
これで、わたくしの潔白は証明されました!」
意気揚々と報告するソサノヲに、姉のワカヒメは、呆れ果て、叱り付けました。
「まだ、そんなことを言っているのですか、、
他人と競い比べるのが、そもそもの間違いです。
自分の犯した間違いの何たるかも、まだ解からないのですか、、
恥を知りなさい!世の乱れの元はすべて其処にあるのですよ、、
情けなくて泣けてきます、、顔も見たくない、、早く帰りなさい。」
オロチ退治と男児誕生で有頂天になっていたソサノヲは、
慕っていた姉に、きつく言い渡され、恥入り、ネのクニに帰って行きました。
その後、イナタヒメとの間に、
長女オオヤヒメ、次女ツマツヒメ、
次男コトヤソが誕生し、隠れ住むように暮らします。
タカマはムつの
ハタレカミ はちのことくに
みたるれは カミはかりして
ハタレうつ キミはみそぎの
さくなたり ハタレゐとふの
たねおゑて みよをさまれど
みなもとは ネのマスヒトに
よるなれば イフキドヌシに
うたしむる うなつきむかふ
ヤソつつき サホコのミヤの
アサヒカミ をがみていたる
大きなハタレ騒動の源は、ネのクニの元マスヒト・シラヒトによるものです。
朝議の結果、シラヒトの断罪を、イフキトヌシにお命じになります。
◆イフキヌシ:ツキヨミの子息、アマテルとソサノヲの甥、妻はイチキシマヒメ・タナコ。
イフキトヌシは、八十人程の武装した人々を従えて赴きます。
トヨケカミの御陵所アサヒミヤ(現京都府京丹後市・比沼真奈井神社)に参拝し、
さらに西に向かいます。
イツモぢの みちにたたすむ
しただみや かさみのつるぎ
なげすてて なにのりこちの
おおまなこ なんたはたきの
おちくたる ときのすがたや
出雲地方に至りますと、下民姿のソサノヲが、道端に佇んで待っていました。
イフキトヌシの一行に、ソサノヲは、笠も蓑もツルギも投げ捨てて、
大眼から溢れる涙は、まるで滝の落ち降る如くに、何かを訴えかけます。
やとせふり おもいおもえは
ハタレとは おごるこころの
われからと ややしるいまの
ソサノヲが くやみのなんた
おぢおいの シムのあやまち
つくのえと なけきうたふや
シムのより あいゑることは
のちのまめ いさおしなせは
はれやらん われおたすけて
ひとみちに マスヒトうたは
まめなりと うちつれやどる
感涙に濡れるイフキトヌシは、叔父のソサノヲに言います。
「シムの過ちに気付いて下さったのでしたら、それこそが、宝物です。
アイ(アメノミチ)を得るということです。
そしてこれからのこと、
世を支えてゆくことに尽力されてゆくのがよろしいでしょう。
それこそが、「マメ(天下に尽くすこと)」であると謂えましょう。
どうぞ、私とともに、シラヒト、コクミを断罪なさいますように。
そうすれば、自ずと罪も疑いも晴れてゆくことになるでしょう。」
さだのみや のりおさためて
ハタレねも シラヒトコクミ
オロチらも うちをさめたる
おもむきお アメにつくれは
タカマには ゆつうちならし
うすめみの かなでるおみて
ヲヲンカミ くわもてつくる
ムゆづこと たまふワカヒメ
ムつにひく かだふきかなて
めがはひれ
ヲヲンカミは、桑の木で六本の鳴り糸のコト(琴)をお作りになり、
琴の名手、妹君のワカヒメに賜りました。
ワカヒメの琴に、カタ(打楽器)、フキカナテ(笛)の優しい響きが奏でられ、
若い女性たちが、音に合せ、美しく和やかに、
長いヒレをヒラヒラとさせながら舞い踊ります。
そのことのねは
イサナギの かきのかたうつ
いとすすき これおミすぢの
ことのねぞ かたちははなと
くずのはお かだかきとうつ
そもそもコト(琴)は、七代アマカミ・イサナギのお作りになられた、
三本の鳴り糸のものが始まりでした。
宮のカキ(垣)に、カタカタとアラレ(霰)がイトススキを打ち鳴らす音に擬えて、
形はハナとクス(葛)の葉に沿わせたもので、カダガキと打ち鳴らします。
ヰすことは ヰクラにひびく
ネおわけて ワのアワウタお
をしゆれは ことのねとほる
いすきうち
また、五本の鳴り糸のコトも作られました。
五本の糸は、ヰ・クラ(ココロを構成する五要素、ココロハ・タマ・ミヤヒ・
シヰ・シム、目に見えない五つのココロの働き)に響きます。
そこで、ネ(音・根)をさらに分けて、
ワのアワウタ(アワウタ後半)をメカミ・イサナミが教えます事で、
コト(琴・言)の音もココロに深く沁み入ります。
これを「イスキウチ」と言います。
ムすぢのことは
ゑひねふる オロチにムつの
ゆつかけて ヤクモウチとぞ
なつくなり かだふきかなて
めがはひれ これもてタテの
なにしあふ
この度の六本の鳴り糸のコトは、
オロチに「ムツノユツ」(詳細未詳)をかけたことから、
「ヤクモウチ」と名付けられました。
ヤクモウチ、カダフキカナテ(打楽器と笛)の演奏にあわせ、
娘たちがヒラヒラと布を揺らせて踊ります。
この舞いを「タテ」(左手・天(父の御心)の恵み、、)と呼ぶようになりました。
やまだあがたお
モチタカに たまえはアワの
イフキカミ
モロカミはかり
ソサノヲが こころおよする
シムのうた みのちりひれは
がはきえて たまふヲシテは
ヒカハカミ ハタレねおうつ
いさおしや そこにもとゐお
ひらくべし
アマテルカミは、ソサノヲに許しのヲシテ(文書・染物)を賜ります。
『ハタレのネ(根・首謀者)を、討ち治めた功績によって、
「ヒカワカミ」の称号を授けます。ヒカワ(斐伊川)の地にミヤを建てなさい。』
やゑがきはたも
たまはれは ふたたびのぼる
アメはれて うやまいもうす
くしひより すがはにきつく
ミヤのなも クシイナタなり
サホコクニ かえてイツモの
クニはこれ アメのミチもて
タミやすく ミヤならぬまに
イナタヒメ はらめはうたに
また、ヤヱガキハタ(ツルギ、ヤトヨ・旗、極めて格式の高いもの)を賜り、
サホコクニの名も、新たに「イツモ」に変えたいと考えています。
「アメノミチ」によって、タミが幸せに暮らせるようにとの思いからです。」
ミヤの完成の前に、妻のイナタヒメが子を孕み、そこで、ウタを詠みました。
やくもたつ イツモやゑがき
つまこめに やゑがきつくる
そのやゑがきわ
『イ(心を)・ツ(尽して)・モ(もたらし固め治める)』
このうたお あねにささげて
やくもうち ことのかなてお
さつかりて うたにあわせる
イナタヒメ ついにくしたえ
あらはれて やゑかきうちの
ことうたぞ うむこのイミナ
クシキネは ことにやさしく
をさむれは なかれおくめる
モロがなも やしましのみの
オホナムチ
新たなミヤで男の子が産まれ、クシキネと名付けられました。
成人してからも殊に優しく治めましたので、
民衆から、「ヤシマシノミノ・オホナムチ」(尊称)と呼ばれるようになります。
つぎはオオトシ
クラムスヒ つきはカツラキ
ヒコトヌシ つきはスセリメ
ヰヲミメぞ
ソサノヲとイナタヒメの間に、
その後四男オオトシ・クラムスヒ(カマトカミの父)、
五男カツラキ・ヒコトヌシ(カツテカミの父)、
三女スセリヒメの三人が生まれました。
ミヤの建築の許しがでる前に生まれた長男オオヤヒコと長女オオヤヒメ、
次女ツマツヒメ、次男コトヤソを合わせると、五男三女の子宝に恵まれました。
キミクシギネお
モノヌシに タケコおツマと
なしてうむ あにはクシヒコ
メはタカコ おとはステシノ
タカヒコネ
後にアマテルカミは、クシキネ(オホナムチ)をオオモノヌシに任命なさいます。
皇女オキツシマヒメ・タケコを妻に、三人のお子様がお生まれになります。
兄はクシヒコ(後のコトシロヌシ・二代オオモノヌシ)、
長女タカコ(タカテルヒメ)、
次男はステシノ・タカヒコネ(アチスキ・タカヒコネ)です。
クシギネアワの
ささざきで かかみのふねに
のりくるお とえどこたえす
クヱヒコが カンミムスビの
チヰモこの をしゑのゆびお
もれおつる スクナヒコナは
これといふ
クシキネあつく
めくむのち ともにつとめて
うつしくに やめるおいやし
とりけもの ホヲムシはらひ
ふゆおなす
「フユをなす」:さらにより良いものにと為しゆくと言われる功績です。
スクナヒコナは
アワシマの かだがきならひ
ひなまつり をしえていたる
かだのうら アワシマカミぞ
オホナムチ ひとりめくりて
タミのかて ケシシゆるせは
コヱつのり みなはやかれや
ソはホムシ クシギネはせて
これおとふ シタテルヒメの
ヲシエクサ ならいかえりて
ヲシクサに あふげはホヲの
むしさりて やはりわかやぎ
みのるゆえ むすめタカコお
たてまつる アマクニタマの
オクラヒメ これもささけて
つかえしむ シタテルヒメは
フタあおめ めしてたのしむ
やくもうち
オホナムチには
クシヒコお オオモノヌシの
かわりとて コトシロヌシと
つかゑしめ おのはイツモに
をしゆるに ヒフミムモヤソ
フたわらの ひもろげかぞえ
たねふくろ つちはつちかふ
ヲンタカラ うゑたすかても
くらにみつ あめかせひてり
みのらねと あたたらくばり
うゑさせず
のちにワカヒメ
ひたるとき ヤクモヰすすき
かだかきお ゆつることのね
タカヒメお タカテルとなし
ワカウタの くもくしふみは
オクラヒメ さつけてなおも
シタテルと なしてわかくに
タマツシマ トシノリカミと
たたゑます イツモやゑがき
オホナムチ やゑがきうちて
たのしむる モモヤソヒたり
こにみつるかな
参考文献・参考資料
◎『ホツマ辞典』池田満著・展望社
◎ヲシテ文献の世界へようこそ-日本ヲシテ研究所「ヲシテ文献・大意」
◎『記紀原書ヲシテ』上・下巻 池田満・辻公則著・展望社
※ヲシテフォントの商標権、意匠権は、日本ヲシテ研究所にあります。















