私の新著『雇用破壊』(角川新書)が発売されました。

いまのアベノミクスで何が行われていて、これからどうなるのか、そして私たちがどう暮らしていけばよいのかを、テレビでは言えない話を含めて、渾身の力で書きました。

最後のところには、私の作った寓話もついています。

ぜひ、お読みください。

ブログの読者のために、はじめにのところだけ、貼り付けます。


はじめに

 私が『年収300万円時代を生き抜く経済学』を書いてから、13年が経とうとしている。当時は、「年収300万円時代なんて来るわけがない」とさんざん言われたが、いまや年収300万円は、ごく当たり前になってしまった。国税庁の「民間給与実態調査」(14年)によると、平均年収こそ415万円だが、それは高所得者が平均を引き上げているからで、最も人数が多いのは、年収300万~400万円の17・3%、次いで僅差で年収200万~300万円が16・3%で続いている。

 「年収300万円化」は、中流層の崩壊によって進んでいるのだが、実はいま、もう一つの格差拡大が進行している。それは、欧米社会のような超富裕層の急激な増加だ。いまの経済・社会政策は、彼らを利する方向に足並みを揃えているのだが、その事実に気づいている人は少ない。それが、本書を書こうと思った一つの動機だ。

 そして、もう一つの動機が、本当のことを書こうと思ったことだ。数年前、ラジオ番組で共演していた阿川佐和子さんが、「日本社会の最も素晴らしいことは、自由に物が言えることだ」という話をしていた。私もそう思ったのだが、その言論の自由は、いま崩壊の危機に立たされている。

 元通産官僚の古賀茂明さんが、報道ステーションを降板させられた事件は、世間を騒がせたが、私は古賀さんが通産省にいた時代に数年間一緒に仕事をしていた。当時から10年に1人の逸材と言われた有能な人だ。その古賀さんが訴えたのは、突き詰めると、「行政改革と平和主義」の2点だった。当たり前のことを言っただけなのに、古賀さんは東京のメディアから消されてしまった。それだけではない。報道ステーションの古館伊知郎さんやニュース23の岸井成格さんも1512月に降板が発表された。政府に物申す人が次々に消えていっているのだ。

 私自身は、テレビ・ラジオへの露出回数が落ちているわけではないが、それはバラエティに出ているからで、経済や社会への論評の仕事は大幅に減っている。論評の機会が与えられても、事前にスタッフと「どこまで言えるのか」について、綿密な打ち合わせが必要になることも、しばしばだ。

 そうしたなかで、いま唯一と言ってよいほど自由に物が言えるのが、書籍の世界だ。だから、この本で、私はいま日本で起きている本当のこと、私たちの仕事や暮らしが破壊されようとしているということを、をきちんと書いていきたいと思う。もしかすると、本当のことが書けるチャンスは、これが最後かもしれないからだ。

序章 認識されないまま進む超格差社会への道

 2015年2月16日に行われた安倍総理の施政方針演説に対する代表質問で、民主党の岡田代表が、安倍政権での格差拡大を批判した。岡田代表は、「安倍政権の経済政策の最大の問題は、成長の果実をいかに分配するかという視点が、全く欠落しているということです。日本も、今や先進国の中で、最も格差の大きい国のひとつとなっています」と追及すると、安倍総理は「世論調査では個人の生活実感について、格差が許容できないほど拡大しているという意識変化は、確認されていません」と切り返した。

 安倍総理が主張するとおり、内閣府が行っている「国民生活に関する世論調査」によると、自分が中流以上だと答えた国民は、2014年の調査で93・4%に達しており、ほとんどの国民は所得格差に苦しんでいるという意識を持っていない。しかし、OECDが行っている相対的貧困率(世間の半分以下しか収入のない人の比率)の統計でみると、日本は16%と6人に1人が貧困となっており、世界最高水準の貧困大国になっている。このギャップは、一体どこからきているのだろうか。

 私は、理由は二つあると思っている。一つは、富裕層の生活が庶民の目に入らないからだ。庶民が感じる格差は、「あの部長はろくに働いていないくせに、自分の2倍も給料をもらっている」といった類の不満だ。しかし、いまの日本の格差は、そうしたところだけに生まれているのではない。いま拡大している本当の格差は、サラリーマンと資本家との格差なのだ。まったく働いていないのにカネにカネを稼がせて、年収数億円から数十億円を稼いでいる富裕層が劇的に増えている。

 彼らの暮らしを見たら、庶民の不満は爆発すると思うのだが、そうならないのは、彼らが庶民と接点を持たない暮らしをしているからだ。移動は高級車で電車に乗ることはない。食事は会員制のレストランで、週末はクルーザーで海に出る。庶民とは顔を合わせない暮らしをしているのだ。

 どうしても彼らを確認したかったら、例えば百貨店の玄関に立っていればよい。高級車を玄関に横付けして、そのまま店舗に入っていく人の大部分の人は、富裕層だ。彼らを見られるのは、玄関だけだ。彼らは売り場を回ることがない。店員が、彼らがくつろぐ別室に商品を持ってくるからだ。

 ただ、統計を丁寧にみれば、彼らが勢力を拡大していることが明確に分かる。例えば、2014度の日本経済は、消費税率引き上げの影響で、前年比マイナス1.0%と5年ぶりのマイナス成長となった。ところが上場企業は、史上最高益をあげたのだ。パイが小さくなっているときでも、力の大きな企業は最高益をあげる。これがいまの日本で起きている格差の一つの表情だ。

 もう一つの表情は、東京都心のバブルだ。例えば、日本一の地価を誇る銀座の鳩居堂前の土地は、15年の路線価で、坪当たり7800万円になった。バブルのピークの頃には、坪当たり1億2000万円だったから、いつの間にやら都心の地価は、バブル期と同じような水準に近づいている。一方で、地方圏の地価は、バブル崩壊後いまだに下がり続けているのだ。

 80年代後半のバブルといま起きているバブルの最大の差は、地域間の格差だ。80年代後半は、バブルの発生にタイムラグこそあったものの、全国がバブル化していった。ところが、今回のバブルは、東京の都心部に限られている。その理由は、日本経済の金融資本主義化だろう。カネは一カ所に集中する傾向がある。世界の金融センターと呼ばれているところが、10カ所程度しかないことは、その象徴だ。

 東京都心だけがバブル経済を起こしているのは、カネにカネを稼がせて、巨万の富を得た人々が、都心の不動産の奪い合いを演じているからだ。それを象徴する統計がある。

 2015年4月17日の毎日新聞が興味深い分析を掲載した。総務省が毎年公表する「市町村税課税状況等の調(しらべ)」を使って、全国1741市区町村の納税者1人当たりの年間平均所得を求め、格差の度合いを示す「ジニ係数」を計算したところ、小泉内閣後半と第二次安倍内閣で、格差が急拡大していることが分かったのだ。

 これまで、数多くの格差分析が行われてきたが、格差拡大を明確に示す証拠は、なかなか出てこなかった。その最大の理由は、大金持ちが調査に回答しなかったからだ。ところが、金持ちは課税データから逃れることができない。脱税で捕まってしまうからだ。

 毎日新聞によると直近の13年の課税所得の内訳をみると、給与や事業に伴う所得は、前年比0.8%増とほぼ横ばいだったのに対して、短期の不動産売買による所得は1.4倍、株式譲渡や上場株式の配当による所得は3.1倍に膨張し、これらを合わせた資産所得の合計は、前年比70.9%増の7兆3953億円に達したという。

 我々は、格差拡大というと、すぐに大企業と中小企業の格差を思い浮かべてしまうが、実はアベノミクスの格差拡大の一番の問題点、カネでカネを稼ぐ人が大儲けをしているということなのだ。

 そのことは、具体的な地域を採り上げてみると、さらにはっきりする。平均所得が最も高かったのは東京都港区で、平均所得は前年比40.5%増の1267万円だった。一方、平均所得が最も低かったのは熊本県球磨村で、前年比1.3%増の194万円だった。港区の平均所得は球磨村の6.5倍だ。ここで言う平均所得というのは、年収ではない。給与所得控除や公的年金控除、基礎控除、配偶者控除、生命保険料控除など、様々な控除を差し引いた後の課税所得だ。サラリーマンで言えば、年収1800万円程度がこの所得に相当する。中堅以上の企業の社長の平均年収が2000万円と言われるなかで、港区民は、まさに平均が社長の年収になっているのだ。

 港区と球磨村は、通常の所得でも4.4倍の格差があるが、不動産の譲渡所得(長期)で84倍、株式の配当で154倍、株式の譲渡益で4455倍もの格差がついているのだ。

 真面目に働いていたら金持ちになれない。まさにいまの日本を象徴する数字だ。ちなみに港区の平均所得1267万円のうち、383万円が株式の譲渡による所得だ。国民のうち株式を持っている人が1割、そのなかで実際に株式を売って儲けた人が1割だと仮定すると、実際に売却益を手にした人は、1%ということになる。だとすると、港区で、株で儲けた人は、1人当たり3億8300万円もの大金を手にしたということになるのだ。

 しかも、これは実際に手にした利益で、多くの人は株式を保有し続けているから、含み益は、これよりずっと大きいということになる。

 私はずっと「濡れ手に粟の大金持ちから税金を取れ」と言い続けてきた。そうすると、必ず出てくる反論は、「そんな人はほとんどいない。大金持ちが存在するなどというのは、妄想に過ぎない」というものだった。しかし、具体的な名前こそよく分からないが、たくさんいることは間違いないことが、市町村税の課税データで証明されたのだ。港区で区民税の所得割を収めた人は12万7000人いる。そのうち1%だとしても、大金持ちは1270人もいることになる。お金持ちランキングは、港区に続いて、千代田区、渋谷区、芦屋市と続く。これらの地域を家宅捜索するだけで、お金がゴロゴロでてくるというのが、いまの日本の本当の姿なのだ。

 もちろん、格差の拡大は、富裕層の拡大だけではない。庶民の間でも格差は広がっているのだが、その格差もあまり認識されていない。

 その理由は、皆がずるずると所得を落としているからだ。2014年の実質賃金指数(物価上昇率を調整したあとの賃金の実質価値、2010=100)は、96.4だった。1986年の実質賃金指数が96.6とほぼ同水準だったから、実に28年間にもわたって、国民生活は改善していないのだ。しかも、2012年からは、3年連続で実質賃金が下がっている。アベノミクスで景気が急回復したと言いながら、その間、庶民の暮らしは、悪化し続けているのだ。

 もちろん、その庶民のなかでも、格差拡大は続いている。それが認識されないのは、正社員のなかで格差は広がっているというよりは、時給換算すると、正社員の半分程度しか給与を得ていない非正社員が急速に増えているからだ。

 パート・アルバイト、派遣、嘱託など非正規労働者の数は、1989年には817万人と、全体の約2割だったが、2014年には1962万人となっており、全体の37%と4割近くに迫っている。四半世紀で倍増の勢いなのだ。

 一体、なぜこのような極端な格差拡大が起きているのだろうか。私は、二つの理由が重なっているからだと考えている。一つは、技術や経済の構造が変化してきているからだ。生産技術が進化し、これまで人手に頼っていた仕事が機械やコンピュータに置き換えられていく。そうすると、機械でもできる仕事は、当然、機械のコストと競合するから、賃金が下がっていく。同時に、経済のグローバル化によって、モノやサービスの取引が世界中に広がっていく。そうなると、途上国でも作ることができるような商品を作っている労働者は、途上国なみの賃金しか得られなくなる。

 しかも、こうした変化は、「第四の産業革命」によって、より多くの労働者を巻き込んでいくことになるのだが、このことについては、第3章で詳しく採り上げる。

 ただ、技術や経済構造以上に大きな問題は、格差の拡大が意図的に仕掛けられていることだ。技術構造や経済構造が変化することで格差が拡大するのであれば、格差を是正するような政策を採ればよいだけの話だ。ところが、現実には、逆方向、つまり格差を拡大するような政策が採られ、安倍政権はそれを加速化しようとしている。この点については、第2章で詳述する。

 ここで、本書の結論を書いておこう。技術や経済構造の変化で格差が拡大する方向に圧力がかかるなかで、政府がそれを加速化する施策を重ねるのだから、今後、日本の経済・社会は、これまでに経験をしたことのない超格差社会に突入していく。そのなかで、日本人は3つの選択肢のなかから生き方を選ばなくてはならなくなるだろう。①資本の奴隷になるか、②ハゲタカになるか、③アーティストになるか、の3者択一だ。

 どの生き方が幸せにつながるのか。私の考えは、本書全体のなかで明らかにしていくが、次の第一章ではハゲタカを目指すことがいかに人として間違っているのかを説明するために、金融の話を中心に進めていく。そのため、どうしても金融の話は嫌だという読者は、次の第一章を読み飛ばして、第二章から読んでいただきたい。