選手の起用に関して、私は一つの信念を持っている
「痛い」といった選手は使わない、ということだ。

例えば優勝争いの真っ最中のペナントレースの終盤、四番打者が「腰が痛い」と言ってきたとする。そこで「悪いが無理をしてでも試合に出てくれ」と半ば業務命令でスタメン起用したとしよう。どうにか試合に勝てればよいが、四番打者が打てずに負けたとなると、話がややこしくなる。四番打者に愚痴を言われるのも気分が悪い。「腰の痛みを我慢したせいで他も痛めてしまった」と言われても責任の取りようがない。

だから、普段から選手にはこう言ってある
「痛いというやつを無理やり使うほど、チームは困っちゃいない。痛ければ何ぼでもいえ。すぐに二軍に落としてやるから」

誤解をしてほしくないのは、脅し文句で言っているのではないということ。選手のトレーナーからは、個々の選手がどういう状態かという報告は細かく入ってくる。それを踏まえたうえで、判断はあえて選手本人に任せているのだ。

デッドボールをぶつけられたときも同じだ。痛いに決まっている。だから私は「痛むか?」などとは聞かない。
「出るのか、引っ込むのか、どうする?俺だったら、ほかの選手にチャンスは与えないけどな」
ボソッとつぶやく。
選手にしてみれば、デッドボールは当たりたくて当たっているわけではない。不可抗力の負傷だ。だが、私に言わせれば、簡単にデッドボールを受けないのも一流の証なのだ。

食うか食われるかの勝負の世界は、誰がレギュラーになるのか、最終的には選手たちが自分で結論を出す。
そして、レギュラーを狙っている若手選手は、レギュラーの立居振る舞いを見て育っていく。
レギュラーがひ弱いチームは、次の世代に出てくる選手もひ弱くなる。

だからこそ、監督はレギュラー、すなわちチームにとって必要な人材からこそ、甘えを断ち切っておかねばならない。

from「采配」 by 落合博満