僕とC62-2 | 日常と肉屋と造形の日々

僕とC62-2

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続き…

■『梅小路機関車館』は、思春期以降、普通に遊び場所になっていました。その頃は、D51よりも機関車の不思議な魅力に、とりつかれたかのように通った記憶があります。ただ、それだけでなく、いろいろな事を忘れたり、時には、機関車の動く姿に勇気を貰っていた場所でもありました。


■思春期から青年期へと変化する中、1978年 9月14日『銀河鉄道999』【鉄郎10歳、私9歳】と出逢います。1話を見た時から、年齢設定が、自分に近いこともあり、鉄郎に親近感を抱いき、ハマりました。
ただ、TV版は『C62—50』であった為、梅小路の機関車にあまり被らさずにいたました。代わりに、999の単行本を読みまくっていました。【翌年にハマったテレビアニメは、ドラえもんになるかな?】


■そして、1979年8月4日劇場版『銀河鉄道999』【鉄郎15歳 私10歳直前】が、新京極の京都ロキシーで上映されます。私は、劇場版を一度見てから虜になり、上映期間中は1人で朝から晩まで何日も見に行きました。
今にして思えば、鉄郎への親近感が憧れへ変化した気がします。その他にも、スカラベ・ペンダント、ドラグーンの存在が大きかったのも事実です。
※当時、大津西武の999のイベントにも、かなりの回数を親に頼んで連れて貰いました。

■しばらくしてムック本等で、製作時に、梅小路の『C62』が取材をされたと知りました。中でも、動輪の動きの参考にされたのが動態保存の2号機だったと分かると、それ以降、2号機が『999』にしか見えなくなり、そればかりか、梅小路には『C62』だけを見に行くようになりました。
余談ですが、家の近くの映画館、今は無き四条大宮の『コマ・ゴールド』で、999のリバイバルが、毎年のようにあった為、その前後は、必ず梅小路に通いました。


■そして、今日現在、未だに、梅小路へ『C62』を年数回は、必ず見に行っています。
今にして思えば、こうした子供時代の経験が、今の会社を設立する原動力のひとつになったのは間違いありません。
『梅小路機関車館』と、今は亡き、おじいちゃんに、心から感謝したいです。
『ありがとう』

●今回、何故、振り返ったかという理由や設立前後の話は…そのうちに…。