僕と機関車 D51
最近、ちょっと幼年期~青年期を振り返える機会がありました。せっかく振り返ったので、少しだけ私の昔話を書こうと思います。
■私が、産まれ育った場所の側に『梅小路機関車館』があります。そして、私の幼年期には、おじいちゃんが、よく連れてくれる場所が、この機関車館でした。そのせいか機関車館は、私にとって身近な存在で、汽笛は、家、小学校でも、毎日のように聞こえていていました。今にして思えば、贅沢な環境だったと思います。
※ちなみに、私が三歳の時に『梅小路機関車館』が開館しました。
■幼年期、一番最初に名前を覚えるくらい大好きだった機関車は『D51』です。それは、おじいちゃんに連れられ、生まれて初めてみた映画『きかんしゃ やえもん D51の大冒険』の影響だと思います。
※私が五歳の時に、大宮東映に観に行きました。
■おじいさんに、一度、何故、『梅小路機関車館』ばかり連れて行ったのかと聴いた事があります。
その答えは、想像とはかなり違っていました。単に、家から近いからでは無く、おじいさんの思い入れの場所であり、会社の出発点であったのです。それは、昔、『梅小路機関車館』が『梅小路機関区』だった頃です。おじいさんが肉屋で修行し、独立、ちいさなお店を京都で開業。小売りをしながら、卸し業として最初の納入先である東京の米軍キャンプへの納品の為に、発送するお肉を貨物列車へ乗せる場所でもあったのです。おじいさんからしてみれば『梅小路機関区』の場所は、創設期の思い出の場所だったのです。
続く


