クリスティーナ・グレイは歯科医師、大学の歯学科で知り合った先輩に誘われ彼の経営する医院に勤務している。

 

「ちょっと、あれは何かしら?」

 

ある日、遅めの出勤中たまたま通りかかったオープンカフェでなんだか見覚えのあるカップルの姿を発見した。あんな目立つところで彼の膝で横抱えになりケーキを食べさせてもらっている華奢な女性の姿。

 

この国のカップルたちは概して往来であろうがどこであろうが仲の良いところを隠さない、でもそれは知らない人だから見逃すことが出来る。

でもあの二人・・・

一人は旧知の仲であるシン・ジェラード、そして女性の方は彼の妻である”妖精“チェギョン・リンジー・ジェラード。

 

一か月ほど前、自分はシンに頼まれ妻のチェギョンの親知らずを抜歯した、あごの小さな彼女の親知らずは真っ直ぐに生えてくることができず横たわった形で生えて来ていた、当然切開し抜歯、傷跡も縫わなければいけない。普通に抜歯するよりも時間がかかるちょっとした手術だ。

 

あの時の事、思い出すだけでもため息が出る。

手術のときのあの夫、切れ者の医師である彼が驚くほどこの妖精のような可憐な妻に骨抜きになっている様を。

 

子供じゃないんだから診察室にまで付き添わなくてもいいんじゃない?

チェギョンを診察台に座らせたあと、気遣いのある歯科衛生士がシンの為に椅子を用意しようとしたのを目力で押さえつけシンを立たせたままでいさせた。

瞬間彼がとがめる様に自分の方を見たのも無視した。

 

「チェギョン、じゃ、麻酔をしますよ?少しチクッとしますからね、我慢してくださいねぇ」(できるわよね?その位・・・子供じゃないんだから)と言った内心の声はもちろん隠した。

 すでにチェギョンは涙目を隠そうともせず、ひたすらうんうんとうなずいているのを冷ややかに見るクリスティーナ・・・(シンの舌うちが聞こえそうね?私は私の仕事をするのみよ)と、これも内心の声なのよね。

 

通常の手順でいくと、もっと進んでもよさそうなのに、大男のシンが視線で自分の手先を追って来ていると思うともうもうやりにくい、それにさっきはこのシンに椅子を勧めようとまでしていた助手のジェシカはバキュームの角度を変えるたびにシンの横を遮ることになってしまう

“ああもう、ちょっとの間だけでも外に出ていてくれないかしら?”

と、椅子を持ってこようとした自分を反省した。

彼女の小さな口が痛みで閉じそうになると、彼女の手を握ったままクリスティーナをにらむシン、

「もう、やりにくくて仕方がないわ!」

思わず口から漏れ出た言葉にシンが軽く自分を見つめる、聞いていたって構わないわ、だって本当の事なんですもの。

とにかくこの妖精の親知らずを無事に抜歯するのみ。

 

通常よりも大幅に時間を延長した手術がやっと終わった。

「今は麻酔が効いていますが、このあとは痛みが出てきますからね、Dr・シンお分かりですよね?その位。って、聞いてます?」

 

「あ、ああ、もちろん」

こちらを見ようともせずにぐったりとして目を閉じたままの妻に夢中のシンに内心呆れながらも歯科医師の務めである術後の諸注意を伝える。

 

「今夜はかなり患部が腫れます、痛み止めも出しておきますが足りない場合はシンが出してくれればいいから」

 

そんなクリスティーナの声を聞いているのかいないのか、自力で歩くことのできない妖精の妻を軽々と抱きかかえて、さっさと岐路に着くシンの後姿。

 

・・・もうこの夫婦に関わらない方が良いだろう、しかしまだ親知らずは3本残っている。一本抜いただけだ。この後いつか他の親知らずが痛む日が来る。

 

“シンの知り合いだったことで私が選ばれたけど、他にも女性の歯科医は沢山いるわ、こんなに手間のかかる患者さんの相手なんてやってられない”

 

でも、彼女ももう抜歯のショックは癒されたようね、でももうケーキなんて食べてる、歯磨きのやり方を教えてあげても良いかもね?

クスクスと笑いながら歯科医院に入ると、ここの院長であるデイビッド・ロビンスが彼女の出勤を待っていた。

「クリスティーナ、おはよう、でももう昼前だな。なに?笑っていたけど何か面白いものでも見た?」

 

長身の彼がクリスティーナの腰に腕を回し、院長室のドアを閉めた途端に軽く唇に触れるキスをする。

いつもの朝の挨拶、彼が歯科医院を開業した頃からの二人の習慣だった。

1歳上の彼とは大学で知り合った、彼の実家の歯科医院は彼の兄が受け継いだため、何もかも彼一人の力で今の医院を開業した。もちろんクリスティーナの協力もあっての事だったが。

 

「ふふ、そうなの。実はね・・・」

彼の部屋のソファでコーヒーとサンドウイッチの軽食を摂りながら話す、診療は午後9時までだから当番で遅出のこの日は二人で一緒に昼食を摂る。

一つ年上の彼の落ち着いた仕草や、長い脚を組み替えるときの物腰。

歯科医になるにはハンサムすぎるこの容姿。

 

彼との付き合いはもうかれこれ4年ほど。それでもまだ時々見とれる。

デイビッド目当ての患者も大勢いる、若い女性患者の中には担当医師がクリスティーナだとわかるとあからさまにがっかりする。

 

自分はそんな彼のもっとも信頼できるパートナーだと自負していた。