■BOOK「錦繍」宮本 輝/作


今、私はカナダに来ています。

一応目的は英語を勉強すること。

私は、全世界の人々が英語を話す日が来ると思っています。

でも、カナダでそのことを思うとき、それは日本語が消えることなのかと、
ふと思ったことがありました。

言葉というのはその国の成り立ち、文化が往々にして反映されます。

「○○でございます」というのも「マジでっ!?」というのも、
日本人が「今」を生きてきた結果であって、誰にも否定できるものではありません。


そんなことを徒然に考えていたときに、この本を読みました。

この本をカナダで読むことになったのは、まさに「神の仕業」としか思えません。
私は神を信仰しているわけではないのですが、
何か人あるまじき力の存在を認めざるをえないほどの衝撃だったのでした。


この本の魅力はなんといっても「日本語の美しさ」。

「昔は誰でもそうだったよ」というレベルではない美しさであることは
私にも断言できます。

もちろん上流階級の女性のしたたかな表現力と
その女性と心添わせる男性の図らずも暗鬱とした文章は
こうあるべき、いやこうあったのかもしれませんが、
その文体のおかげで、この作品の訴えがより一層
滑りこむように、すらすらと心に染みてくるのです。
この文章力と構成力は、ひとえに宮本氏のなせる業でしょう。

そして、本ではなかなか涙しない私が、なぜか不覚にも目頭を熱くしたものです。


そういった具合に、まずは美しい文体に魅了され、
それでも「結局はロマンスものか」とちょっと落胆しかけたのですが、
最終的には、これは「人間ドラマ」として私の中では落ち着いています。


確かに、中心人物である有馬靖明は、妻であった勝沼亜紀に対し、
自分の恋心のために非常に人生におけるダメージを負わせたように思われます。


ですが、その後も身を固めることなく、そして定職につくことなく
浪々と生きているのはなぜか。

彼自身が人生の行き先を見失っているからと思われます。


厳格な「仕事の鬼」である亜紀さんのお父様ですら、
老齢になっても恋を味わってしまったように、恋はいつでも予期せずに人に襲ってくるもの、
そしてそれを射止めることができるのはわずかな人。

そのはかない夢を実らせることができなかった人は、その後どうなるのか。

少し前の日本なら、仕事がその穴を埋めてくれたかもしれませんが、
多分それは最善の策ではないはずで、その穴埋めを度々人は失敗するのではないでしょうか。


だから、この物語では、決して有馬靖明は悪者ではありません。
そして、勝沼亜紀さんも、決して犠牲者ではないのです。
そして、勝沼亜紀さんのお父様も「勝ち組」ではありません。


でも、この一見暗いテーマでのみストーリーが続くこのお話も
「ハッピーエンド」で結ばれます。


それは、物語の中盤から、助走が始まって、ついに最後の手紙のやりとりをするときには
有馬靖明も勝沼亜紀も、ついに将来に向かって蹴り出すことが出来るからです。

でも、その将来の成功する可能性が、一見かなり低くみえるところは
非常にこの本の巧妙なところだと思っていて、
そのおかげで、「日本文学」らしさを保ちつつ結びをしている、とも言えるでしょう。


人生の転機の今だからそう感じたのか、
もしくはカナダの地で読んだからそう感じたのか、
またはただただこの作品が私の好みだったのか、、、
多少なりとも悩みをもっている人、日本ってもうだめかもと思っている人、には
必ずや力になる本かと思います。