2010.12.19 ギザ 晴れ


昨日、寝台列車で「ゆっくりできそうです」と書きましたが
そこまでではありませんでした。。。残念ながら。

途中、点検か何かのトンカチの音がうるさくて目がさめたり
列車が結構揺れたので目がさめたりしました。

でも時間はゆっくりとれたので、ある程度疲れはとれました。


今日は4:00AMにモーニングノックがあり、すぐ朝食。
5:00AMに列車がギザに着きましたので、すぐにホテルに向かいました。

そしてホテルのロビーで1時間半くらい休んで、観光に出発です。


「地球の歩き方」では、寝台列車はカイロからルクソールを結ぶと書いてありましたが
ちゃんとギザまで線路あ続いているようです。


今日は、ついにピラミッドです!!

ギザには、一番有名な三大ピラミッドがあります。


一番大きいのがクフ王のピラミッド、
次に大きいのがクフ王の息子:カフラー王のピラミッド、
一番小さいのがクフ王の孫:メンカウラー王のピラミッドです。


カフラー王のピラミッドは、少し高いところにあるため、
裏側から見ると、一番大きく見えてしまいます。


クフ王のピラミッドの中に入りました。カメラは持ち込み禁止です。

中は、足腰の弱い人、超高齢者、幼児は無理です。
なぜならずっと中腰の体勢で、狭い暗い道を歩かなくてはいけないからです。

あの派手な観光施設であるピラミッドの中は、全然凝らなかったようです。

しかも、ゴールにあるのは、暗い部屋で、
ご遺体があった棺があるだけです。

行く人は、期待しないで行くことです。(なんて書かない方がいいでしょうか。。。)


ちなみに、今公開されているピラミッド入口は、「正規」の入り口ではありません。

跡から、墓泥棒が掘った穴です。

中に入ると、途中で正規の道と合流するのですが、その正規の道が狭いのです。


ピラミッドは、表面は石灰岩できれいに造ってあったそうですが、
その表面は削られて盗まれてしまいました。
なので、今表面は、その下にあった茶色いぼろぼろの岩になっています。

カフラー王のピラミッドの頂上付近には、そのきれいな石灰岩が残っていますが。


岩は一つ2トンの重さの塊に分解して、それを積み立てるように
建設しています。
古代エジプトでは、ナイル川が毎年氾濫を起こしていましたが
その氾濫の状態から最初にピラミッドが頭を出すように、
そうして死者の魂が肉体に戻って来やすいようにと
今残るピラミッドの形を考えました。


そして、ナイル川の水位が高い時期に、ナイル川を使って岩を運び
建設しました。
(水位が高い時期の方が、川からピラミッドまでの距離が短くなるために
運搬が楽になるからです)


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ピラミッドのとなりで、らくだに乗りました。


かなり楽しいっ。


思ったよりもとても背が高くて、その分見晴らしがいいが、乗り降りはちょっとこわい。


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そして、スフィンクス。

ピラミッドを背中にするようにたっています。


古代エジプト人は、ピラミッドを単なる単体として建設したのではなく、
「ピラミッドコンプレックス(ピラミッド複合体)」として建設しています。

つまり、ミイラを作る場所や葬祭殿などを含めた建物と
ピラミッドをセットで建設して、それらをひっくるめて
「ピラミッドコンプレックス」と呼ぶそうです。


スフィンクスは、ミイラを作る場所からピラミッドへ向かう途中、
立派な岩があったので、その岩を削って像にしたそうです。


顔はカフラー王、体はライオンの形をしていて、王の強さを表しています。
あごひげは、当時はあったようですが、自然に崩れてしまいました。


ん~。存在はずっと知っていたけれど、ついに直に見ることができて感激。


さて、さらにピラミッドには数々の種類がありますので
それらを今日はぐるっと観光しました。


一番古いピラミッドは「階段ピラミッド」です。
その名のとおり、きれいな三角の形ではなく、
階段状に高くなっていくピラミッドです。

始めに、一番下の1段を造り、同じように2段目、3段目、、、を作っていきました。


そして、私が結構好きな「屈折ピラミッド」。

高さは100メートル程度で、途中で傾斜の角度が変更されているので

そのまま「屈折ピラミッド」と呼ばれています。

岩が足りなくなったから、とか、途中で王様が亡くなりそうになったので急いで完成させたから、

などの説があります。

数々の古代エジプト人の偉大さを見せ付けられてきたが、

古代エジプト人が「断念」するようなことが珍しくて、ちょっとかわいくて、

そして、本当にエジプト人が生きていた、ということを逆説的に証明しているような気がする。