2022年6月1日
最愛の父が亡くなりました。
去年の5月に膵体部癌が見つかってから1年ちょっと、よく頑張ってくれました。
見つかった時には腫瘍が大血管を巻き込んでいるためオペは適応外で、高齢のために緩い経口薬の抗がん剤を最低量のみの治療でした。
消化器外科の主治医は、すごく思いやりのある先生で、いっぱい悩みながら、少しでも長く生きられるように治療を選んでくれました。
父はずっと私の理解者でいてくれました。
今、私が継いでいる会社を脱サラして立ち上げ、土日も関係なく仕事をしながら、私を中学・高校と私立に通わせ、さらに大学だけでなく専門学校にも行かせてくれました。
悩みがあったり、困ったりした時には、私はいつも父に相談していました。
何でも話せたし、いつでも味方でいてくれました。時にはシビアに叱られましたが。
父とは考え方がものすごく似ていて、一緒に話していると、すごく楽しかった。
父が腹膜播種になり、今後の治療は困難で緩和ケアに移行しようという話になった時、父の希望もあり、迷わず在宅ケアを選びました。
私は残された大切な父の時間を共有したかった。
そして、心から感謝している父を、ちゃんと見送りたかった。
もしかしたら父は、私の希望を叶えて在宅ケアを選んでくれたのかもしれません。
私は別の所に住んでいるけど、実家から車で10分程だし、母が居るので何かあったらすぐに連絡をくれるため、在宅ケアを選択することが出来ました。
私は元理学療法士なので、俗に言う『シモの世話』には全く抵抗がありませんでしたが、全介助の人のケアはしたことが無かったため、訪問の看護師さんに一から教わりました。
私はとにかく父に残された時間を、安楽に、そして笑顔で過ごして欲しかった。
少しでも長く生きて欲しかったけど、でも苦しむ事の無いようにしたかった。
まだ病院に通えていた頃から、父とは『とにかく苦しまないようしようね。私がパパの立場になった時に、して欲しい事を全てするからね。』と約束していました。
緩和ケアのクリニックの先生、看護師さん達は、それを叶えてくれました。
『穏やかに生きる』ことを1番に考えて、人としての尊厳を最期まで守ってくれました。
感謝しかありません。
おかげで、私は父の呼吸が止まる瞬間まで、手を握っていることが出来ました。
むしろ、父は私が手を握っている時に死ぬ事を選んでくれたのかもしれません。
最期は母、私の旦那、兄嫁、姪、私に囲まれて、みんなに『ありがとう』って言われながら息を引き取りました。
在宅ケアを選択して、父が幸せだったのかは分かりませんが、もし少しでも幸せに思ってくれる瞬間があったなら、私は嬉しいです。
緩和ケアについて、ネガティブなイメージがある人もいると思いますが、私はお願いして本当に良かったと思っています。
また今度、緩和ケアや介護について詳細に書いていけたらなと思います。