

おはようございます森田和幸の朝の爽やかな時間へようこそお越しくださいましてありがとうございます
今日は6月6日の土曜日で現在朝の5時40分となりますいかがお過ごしでしょうか台風の後が当方関西方面京田辺市地区では
日中少しじっとしてると肌寒いそのような状態になっています皆さんの地区はいかがなものでしょうか
あの時30歳あたりかな自宅の前に昔からの借家を持ってまして入居者であります南川さん(仮名)の嫌がらせというのが
とことん続いていた状態があったんですねことあるごとに逆さまの言葉を選んで話してきましたから
ただ自宅の前でありましたから借家ではあったものの俺としましてもできる限り感情的になって喧嘩にならないようにしていましたから
その感覚というのは大変というものを極めた状態でしたねなぜならば縁を切ることもできないし嫌がらせは平気でやってくるし
俺としても大変弱った毎日が続いていたんですね弱ってたっていうことそのものが様々なことへの集中力が欠けてくる原因になってきますし
様々な勉強やいろんなことに南川さんのせいにするわけではないんですが嫌がらせというものがあるだけで嫌がらせに気がちって人間としては集中力は相当落ち込んで行きましたね
それとは別の話で父と母に諍いがありまして1年に何度か父が母の頭を殴ることがあったんですね
母は泣き叫びますから物心ついた頃から30歳ぐらいまでは大変な状態が続いていたわけなんですが
父は父で良いところがたくさんあったわけなんですが今述べていることにつきましては大変な状況でした
そこでも集中力っていうのは集中したいわけなんですけれども集中できないそのような現象が発生してくるわけですね
それは父と母のせいにするわけではないんですが集中できなかった俺が言っているわけですからそうであったことには違いないわけなんですね
それ以外にも様々な父が病気をしていましたから対人関係の対応がまずくて問題が山積みになっていたわけですね
俺はその山積の対応を30代ぐらいから落ち着いて落ち着いて丁寧に丁寧に相手の気持ちを読み取りながら解決へ導いていったわけです
今現在67歳ですからそうだね丁寧な対応も加速していきましたからたくさんの出来事を解決していくことができました
俺が南川さん(仮名)のことや父の母に対する暴力とかそれから様々な問題に対する丁寧な対応による解決など
到底気持ち的に絶望が伴うようなことに携わってきまして身につけたものと言いますのは
どんなに気持ち的に絶望が伴うような場面であっても何回そのような場面を繰り返してみても俺は集中力を発揮することができるように成長していたんですね
そういう状態を作り上げたわけなんですだから混乱の中で集中力をつけることが磨き抜かれたんですね俺の中で自分との戦いの中でね
俺は67歳の今まで30歳からざっと35年間今さっきから述べたように自分では絶対不可能一般的に見ても絶対不可能
そのように感じでおられますことをやってのけることができたんですね偶然やってのけれたのかって
聞かれましたら
俺はそうじゃない偶然じゃないそのように言いますねそれはね偶然なるわけがないから当たり前の返答なんですが
毎日毎日考えて考えて南川さん(仮名)のことについても父の母への暴力のことについても様々な35年間ありました色々な問題にしても
初めの頃は30年間集中力が持てなかったわけなんですが後半の35年間は逆に集中力が研ぎ澄まされましたね
ですから前年ぐらいからおよそ90% ぐらいの難題が解決完了してきまして67歳なわけですから90% ぐらいは解決してないとよろしくない状況なわけなんですが
数々の周りの人間が見ても不可能に思えることを自分なりに90%も可能にしてこれたってことは今現在の俺の状況からしても
もうほとんど不可能を可能にやれたわけだからダウンペースでやれば良いわけだなと感じるところなんですが
もしこのまま今までと同じ考えと勢いで日常生活をやっていきますと200% に達するような結果を出すことが可能なんじゃないだろうかと思うわけなんですね
様々な問題を突破してきた実力でもっと考えて考えて考えて知恵を絞ってみようじゃないかそのような思いでいっぱいなんです
それが何になってどのようにしたいわけだって聞かれましたら人間が生きるということに対する答えが出てきて
精神的に皆さんそしてあなたの気持ちの面を豊かにできるのではないだろうかと感じるところなんです
YouTube でもそのようなことをフォークソングで歌いあげましたお時間よろしければ聴いていってくださいませ
ですからせっかく90%まで37年間かけて不可能を可能にしたわけですから俺は不可能を可能にする200%ということに自分の自身の気持ちの中で挑戦したいと思っています
やれるのかやれないのかここでもまた37年間と一緒でそんなことが分かるわけでないし ただただどのようにしていけば良いのか
一生懸命考えながら人生とは一体何なのかという答えを出していきたいと感じています人間は死んだ時何も思えないと思います
だから人間は亡くなるまでの時までに何を思うべきなのかその辺が人生とは何なのだろうかって言う 何かが分かるような気がします
人の死を考えた時に人は何を思うのでしょうか何のために生き生きて何のために死んで死んでいくのか
誰にもその答えが分からないままに我々は生きています何かをいつも怖がって何かをいつも愛していて
いつも何かに騙されていていつも真実を追いかけていていつもいつものように笑って見せて
死んでゆくことというのは何もかも無しになるということなんですね本当に本当の意味で無しになるのでしょうか
無しになるということは怖いことのようにも思いますし無しになるということは精神的に怖かっても気がついていないわけだから怖くないそのようにも思いますね
どうか皆さんそしてあなた愛と死を見つめてという物語が随分昔ありましたが愛と死を見つめる必要はないと思います
人はなぜ生きて人はなぜ死んでいくのかそのことは生きている間の時間をいかに過ごせるか
生きている間の時間をいかに社会の役に立てるか もしかしたらそのあたりがテーマであるのかもしれません
このような森田和幸の人間性が気に入っていただけましたらフォローよろしくお願いします







