久々のブログというか感想文というかブログです。
今回はスタジオジブリ最新作、宮崎駿監督作品では5年ぶりの長編映画となる「風立ちぬ」を観ての感想文といいますか、観て感じた想いといいますか・・・を書いていきたいと思います。
ネタバレ等含みますので、これから観る方などは注意してください。
てかほぼ内容を振り返るかもです・・・
ですが予備知識を持って観に行かれた方が良いかもしれないので読んでもらえると嬉しいかもです。
※以降本編の内容を「ごっそり」含みます。
舞台は戦前~戦後の日本。その時代を実際に生きた、航空技術者・堀越二郎の半生と堀越と同じ時間を実際に生きた作家・堀辰雄の小説「風立ちぬ」の内容を合わせた宮崎駿オリジナル作品です。
フィクションといっても劇中で出てくる飛行機や人物や企業等は実在した/するのが殆どなので世界観はノンフィクション。物語はフィクションということになります。
主人公は堀越二郎(零式艦上戦闘機、通称:零戦の開発者で有名)
ヒロインは里見菜穂子。小説「風立ちぬ」の登場人物「節子」を、堀辰雄の小説「菜穂子」の名前を取ってつけたキャラクターです。
物語は美しい飛行機に乗って空を飛ぶ少年二郎の夢から始まります(公開前から頻りに宣伝として流されていたあの映像です)
少年二郎は夢の中でカプローニというイタリア人航空技術者と話す中で自分も飛行機の設計者になりたいと思うようになります。(カプロニも実在の人物です)
そして青年となった二郎は東京帝国大工学部航空学科(後の東京大学)に進学し、勉学に励んでいた時、大学へ戻る汽車の中でまだ少女の菜穂子と出会います。
二郎は三等車、菜穂子は二等車。ここは小説の通りでした。
ですがその時、関東大震災が発生します。
この時の作画は本当に力が入っていました。このシーンの絵コンテを書いている時に東日本大震災が発生したそうですが、監督はあえてシーンカットや過激な描写を控えるなどはしなかったそうです。
二郎は怪我をした菜穂子の付き人である女性を助け、菜穂子を自宅まで送り届けます。
この時、二郎は一切名前を語らず急いで大学へと戻って行きました。
お礼等の気を使わせたくない二郎なりの配慮だったのでしょう。
ここからかなりの間、菜穂子の登場はありません。
結局震災による火災で東京は焼け野原、後で二郎は菜穂子らを送り届けた自宅を密か見に行きますが完全になくなっていました。
その後数年の間で東京は復興していき、二郎も卒業。就職先は愛知の三菱内燃機製造(後の三菱航空機→三菱重工業)。二郎は大学を首席で卒業しているために三菱では秀才として歓迎、期待されます。
ここで二郎は設計の技術を磨き、ドイツの視察などしたりと日々設計に励む姿が描かれています。
さらっと書きましたが、ここまでで序盤から中盤辺りまでありました!本当に宮崎監督の趣味の世界が伝わるぐらい二郎と飛行機一色でした。
ある時、設計を任された飛行機が試験飛行で大破。二郎は失意の中、保養のため軽井沢を訪れ、その地で菜穂子と再会することになります。
汽車で初めて会ってから、7~8年経っての再会でした。
そして二人は恋に落ちます。ですがそんな時菜穂子は病に冒されます。
それでも二郎は菜穂子と愛を深めていき、菜穂子の父の前で堂々と交際を認め菜穂子と婚約したいと願いでます。本当に男らしかった!
保養を終えた二郎は次の設計に取り掛かります。これが後の九試単座戦闘機です。
しかし無情にも菜穂子が喀血したという連絡が入ります・・・
菜穂子は八ヶ岳山麓のサナトリウム、富士見高原療養所に入院することになりました。
当時、結核は不治の病で空気感染もする非常に重い病気だったので、大切な人が・・・という方も多かったでしょう。
堀辰雄もそんな経験をした一人です。
今はBCGワクチン、いわゆるハンコ注射を幼児期から注射するので不治の病ということはなくなりました。
本当に恵まれた良い時代です。
菜穂子は療養所で二郎との手紙(いわゆる恋文)をやり取りをする日々を過ごしますが、自分がもう長くないのを悟ったのか急遽、療養所を抜けだして名古屋の二郎の元へとやってきます。
二郎は訳あって上司の家の離れで生活していましたが、訳を聞いた上司とその妻は菜穂子を暖かく受け入れます。
この後、二人は本当に唐突に急ごしらえの祝言で結婚することになります!
もうこのシーンは泣いている方多数でした。菜穂子が本当に綺麗でしょうがなかった!
そして菜穂子は新妻として二郎のもとで過ごしていきます。ですが病気が良くなった訳でもなく大半が床に伏せている状態で、二郎が仕事から帰り飛行機の話を聞くのが、何よりの楽しみで何よりの幸せという生活でした。
二郎の作る九試単座戦闘機の試験飛行が明日へと迫った時の二人の様子は心暖まる描写で、何より菜穂子の健気で献身的なところが本当に深く心に残っています。
そして試験飛行当日の朝、二郎を送り出す時の菜穂子の表情と心情は切なく悲しいものでした。
菜穂子は自分がもう本当に長くないと思い、二郎を送り出した後、手紙を残してひっそりと療養所へと戻って行きました。
その時の菜穂子の後ろ姿は目に焼き付いています・・・
ちょうどその時、二郎の九試単座戦闘機の試験飛行は見事に着陸まで完了し成功します。
ですがそれと同時に、風が二郎へ菜穂子のことを伝えるようなシーンがありました。
二郎もその時に菜穂子の事を察したのでしょう・・・
ここでも多くの人から鼻を啜る音が聞こえました。
その後、戦争は激化し二郎の九試単座戦闘機も九六式艦上戦闘機という名で実戦配備され、その後続機として零式艦上戦闘機(ゼロ戦)が作られる。そんな大まかなシーンがあり、
二郎もゼロ戦は「結局一機も帰って来ませんでした」という言葉を漏らしていました・・・
そして最後に菜穂子がパラソルを持ち元気だった時の姿で草原を歩いてきます。
彼女は二郎に笑顔で「生きて」と言い、風とともに消えて行きました。
映画はこれで終わりです。
この直後に、療養所へとひっそり戻る菜穂子の行動とその時の心情が理解できて、そこにちょうどエンディングの「ひこうき雲」が流れ始めた時は、もう目の中のダムが決壊しました。
菜穂子がどうなったのかという感想が多いようですが、公開前から鈴木Pが公言されています。
この映画は途中でヒロインが死にますと・・・
前半は本当に飛行機の話一色で、泣ける映画なのかな?と思ったりしたのですが、後半は菜穂子と二郎の本当に大人な純愛ストーリーでした。
結果的には切なく悲しいということになるのでしょうが、最後の「生きて」とい菜穂子の言葉が観ている者の心に何かすごく大きなものを残すそんな映画でした。
これを観終わって感じたのは、まっすぐに飛行機と菜穂子を愛した堀越二郎に尊敬を、まっすぐに二郎を愛し最後まで強く笑顔で生きた菜穂子への想い。
そして、そんな二人のように強く「生きねば」という想いです。
「生きねば」というキャッチコピーの意図がよく分かりました。
本当に長くなりました。
ネタバレどころか映画の内容をほぼ書いてしまったので申し訳ないのですが、この映画は多分2回目に観る時が一番心に来るものがあると思うので、これを読んでくださった方は時間があれば映画館で観て欲しいです。
今回はスタジオジブリ最新作、宮崎駿監督作品では5年ぶりの長編映画となる「風立ちぬ」を観ての感想文といいますか、観て感じた想いといいますか・・・を書いていきたいと思います。
ネタバレ等含みますので、これから観る方などは注意してください。
てかほぼ内容を振り返るかもです・・・
ですが予備知識を持って観に行かれた方が良いかもしれないので読んでもらえると嬉しいかもです。
※以降本編の内容を「ごっそり」含みます。
舞台は戦前~戦後の日本。その時代を実際に生きた、航空技術者・堀越二郎の半生と堀越と同じ時間を実際に生きた作家・堀辰雄の小説「風立ちぬ」の内容を合わせた宮崎駿オリジナル作品です。
フィクションといっても劇中で出てくる飛行機や人物や企業等は実在した/するのが殆どなので世界観はノンフィクション。物語はフィクションということになります。
主人公は堀越二郎(零式艦上戦闘機、通称:零戦の開発者で有名)
ヒロインは里見菜穂子。小説「風立ちぬ」の登場人物「節子」を、堀辰雄の小説「菜穂子」の名前を取ってつけたキャラクターです。
物語は美しい飛行機に乗って空を飛ぶ少年二郎の夢から始まります(公開前から頻りに宣伝として流されていたあの映像です)
少年二郎は夢の中でカプローニというイタリア人航空技術者と話す中で自分も飛行機の設計者になりたいと思うようになります。(カプロニも実在の人物です)
そして青年となった二郎は東京帝国大工学部航空学科(後の東京大学)に進学し、勉学に励んでいた時、大学へ戻る汽車の中でまだ少女の菜穂子と出会います。
二郎は三等車、菜穂子は二等車。ここは小説の通りでした。
ですがその時、関東大震災が発生します。
この時の作画は本当に力が入っていました。このシーンの絵コンテを書いている時に東日本大震災が発生したそうですが、監督はあえてシーンカットや過激な描写を控えるなどはしなかったそうです。
二郎は怪我をした菜穂子の付き人である女性を助け、菜穂子を自宅まで送り届けます。
この時、二郎は一切名前を語らず急いで大学へと戻って行きました。
お礼等の気を使わせたくない二郎なりの配慮だったのでしょう。
ここからかなりの間、菜穂子の登場はありません。
結局震災による火災で東京は焼け野原、後で二郎は菜穂子らを送り届けた自宅を密か見に行きますが完全になくなっていました。
その後数年の間で東京は復興していき、二郎も卒業。就職先は愛知の三菱内燃機製造(後の三菱航空機→三菱重工業)。二郎は大学を首席で卒業しているために三菱では秀才として歓迎、期待されます。
ここで二郎は設計の技術を磨き、ドイツの視察などしたりと日々設計に励む姿が描かれています。
さらっと書きましたが、ここまでで序盤から中盤辺りまでありました!本当に宮崎監督の趣味の世界が伝わるぐらい二郎と飛行機一色でした。
ある時、設計を任された飛行機が試験飛行で大破。二郎は失意の中、保養のため軽井沢を訪れ、その地で菜穂子と再会することになります。
汽車で初めて会ってから、7~8年経っての再会でした。
そして二人は恋に落ちます。ですがそんな時菜穂子は病に冒されます。
それでも二郎は菜穂子と愛を深めていき、菜穂子の父の前で堂々と交際を認め菜穂子と婚約したいと願いでます。本当に男らしかった!
保養を終えた二郎は次の設計に取り掛かります。これが後の九試単座戦闘機です。
しかし無情にも菜穂子が喀血したという連絡が入ります・・・
菜穂子は八ヶ岳山麓のサナトリウム、富士見高原療養所に入院することになりました。
当時、結核は不治の病で空気感染もする非常に重い病気だったので、大切な人が・・・という方も多かったでしょう。
堀辰雄もそんな経験をした一人です。
今はBCGワクチン、いわゆるハンコ注射を幼児期から注射するので不治の病ということはなくなりました。
本当に恵まれた良い時代です。
菜穂子は療養所で二郎との手紙(いわゆる恋文)をやり取りをする日々を過ごしますが、自分がもう長くないのを悟ったのか急遽、療養所を抜けだして名古屋の二郎の元へとやってきます。
二郎は訳あって上司の家の離れで生活していましたが、訳を聞いた上司とその妻は菜穂子を暖かく受け入れます。
この後、二人は本当に唐突に急ごしらえの祝言で結婚することになります!
もうこのシーンは泣いている方多数でした。菜穂子が本当に綺麗でしょうがなかった!
そして菜穂子は新妻として二郎のもとで過ごしていきます。ですが病気が良くなった訳でもなく大半が床に伏せている状態で、二郎が仕事から帰り飛行機の話を聞くのが、何よりの楽しみで何よりの幸せという生活でした。
二郎の作る九試単座戦闘機の試験飛行が明日へと迫った時の二人の様子は心暖まる描写で、何より菜穂子の健気で献身的なところが本当に深く心に残っています。
そして試験飛行当日の朝、二郎を送り出す時の菜穂子の表情と心情は切なく悲しいものでした。
菜穂子は自分がもう本当に長くないと思い、二郎を送り出した後、手紙を残してひっそりと療養所へと戻って行きました。
その時の菜穂子の後ろ姿は目に焼き付いています・・・
ちょうどその時、二郎の九試単座戦闘機の試験飛行は見事に着陸まで完了し成功します。
ですがそれと同時に、風が二郎へ菜穂子のことを伝えるようなシーンがありました。
二郎もその時に菜穂子の事を察したのでしょう・・・
ここでも多くの人から鼻を啜る音が聞こえました。
その後、戦争は激化し二郎の九試単座戦闘機も九六式艦上戦闘機という名で実戦配備され、その後続機として零式艦上戦闘機(ゼロ戦)が作られる。そんな大まかなシーンがあり、
二郎もゼロ戦は「結局一機も帰って来ませんでした」という言葉を漏らしていました・・・
そして最後に菜穂子がパラソルを持ち元気だった時の姿で草原を歩いてきます。
彼女は二郎に笑顔で「生きて」と言い、風とともに消えて行きました。
映画はこれで終わりです。
この直後に、療養所へとひっそり戻る菜穂子の行動とその時の心情が理解できて、そこにちょうどエンディングの「ひこうき雲」が流れ始めた時は、もう目の中のダムが決壊しました。
菜穂子がどうなったのかという感想が多いようですが、公開前から鈴木Pが公言されています。
この映画は途中でヒロインが死にますと・・・
前半は本当に飛行機の話一色で、泣ける映画なのかな?と思ったりしたのですが、後半は菜穂子と二郎の本当に大人な純愛ストーリーでした。
結果的には切なく悲しいということになるのでしょうが、最後の「生きて」とい菜穂子の言葉が観ている者の心に何かすごく大きなものを残すそんな映画でした。
これを観終わって感じたのは、まっすぐに飛行機と菜穂子を愛した堀越二郎に尊敬を、まっすぐに二郎を愛し最後まで強く笑顔で生きた菜穂子への想い。
そして、そんな二人のように強く「生きねば」という想いです。
「生きねば」というキャッチコピーの意図がよく分かりました。
本当に長くなりました。
ネタバレどころか映画の内容をほぼ書いてしまったので申し訳ないのですが、この映画は多分2回目に観る時が一番心に来るものがあると思うので、これを読んでくださった方は時間があれば映画館で観て欲しいです。