小鼓 | 閑話休題

 小鼓

 学生の頃謡曲部に入って謡を習っていた。そのお陰で、教科書の日本史の勉強よりも、謡曲によって幅広く、奥深い歴史の勉強と教養を身に着けることが出来た。男女とも学生時代、謡曲の先生について教わることをお勧めする。

 その中で今でも残念なのは小鼓を習わなかったことである。「ポーン」「ポーン」、「カーン、カーン」という小鼓の音は、金属音とは違い、柔らかく、しかも鋭く、心の奥底に響く音である。宵方、座敷に座って小鼓を打っていると、心が鎮まって夢幻の境に入ることであろう。

 

 小鼓の皮は生後七日の仔馬の皮を剥いで、腹皮の一番薄い部分を裏側に、脇腹の皮を表にし,鉄の輪に張ったものである。鼓の胴は桜の幹の芯をくりぬいて、胴の中心部分は細く,両端は広く形を整える。胴が枯れるほど、音がよく響くようになる。表皮を強く打てば、音は胴のくびれから薄い裏皮にぶれて、かすかな共鳴を呼び起こす。

 また朱色の調紐はその日の音頭と湿度によって音を調整するようになっている。雨の日には強く締めて皮を張る。調べ糸の扱い次第で、鼓の音は柔らかくも強くもなる。鼓の皮は五十年打ち鳴らし続けて、ようやく一人前の音を立てるのだと言われている。

 

 渡邉淳一の小説『化粧』の主人公、三姉妹の長女頼子は、若い頃祇園の舞子になり、長じて銀座のクラブのママになるが、その彼女が

悩みを抱えた夜など、マンションの一室で深夜独りで小鼓を打って慰めているシーンが印象的である。