令和元年の大相撲夏場所
横砂白鵬の欠場、期待された大関陣も、高安・豪栄道の不振、貴景勝の途中欠場、幕下の朝の山が優勝になり、大方の予想が狂ったが、最後千秋楽にアメリカのトランプ大統領の特別観戦と、安倍総理の総理大臣賞を、直接土俵で渡されて夏場所の有終の美を飾った。
私は毎場所楽しみにしているが、国技とはいえ力士は世界各地から集まり、しかも横綱2人はモンゴル人である。国際大会なら当然だが、我が国の伝統ある国技には本来ふさわしくない筈だが、相撲協会も観客も、相撲の国際化には賛成である。但し力士になり、土俵に上がるには、日本の相撲の伝統のリールを守り、髪はちょん髷、裸に廻しを締め、シコを踏み、立ち合いには口を漱ぎ、清めの塩を撒く。神々への奉納相撲の名残である。土俵を割ればすぐさま負けで、場外での相撲は許されない。
このルールで外国人が勝ては、観客は勝者に拍手を送る。外国人でも日本人とみなし同じ扱いである。モンゴル人が優勝しても、観客は温かい拍手を贈る。ところが国が違えば、外国人が勝ち自国民が撒けると、応援席はブーイングで一杯であろう。同国人であっても出身地の違いで観客の拍手は勝ち組だけで、時には観客同士の争いが起こりかねない。
日本では横綱が撒ければ蒲団を投げる習慣があるが、それも江戸時代からのささやか観客の抵抗だろうが、これを除いては日本人観客のマナーは良い。素晴らしく見事なものである。それに上品な夫人観客も多く、観客層も洗練されている。大相撲を見るたびに日本のお国柄の良さを感じるのである。