桜と西行法師 | 閑話休題

 桜と西行法師

 平安後期、武士で御所の警備役、「北面の武士】であった佐藤義清は、全身から香気が立ち登る桜の花ような美貌の皇后に恋焦がれ、「身分が違う」と一蹴された後、義清は敢然と武士を捨て、妻子をすてて出家してしまう。その皇后とは白河上皇が溺愛して育て、鳥羽天皇の皇后となった待賢門院璋子-たいけんもんいんたまこのことである。

 出家した彼は西行と名乗り、歌を詠みながら全国に遊行して歩く。世捨て人となった彼は、殊のほか桜が好きで、幾度か吉野山に入り,草庵を結び、桜を友として暮らしている。

 

  何となく春になりぬと聞く日より こころにかかるみ吉野の山              山河集

  咲きて見る桜を一枝まず折りて 昔の人のためと思わむ

  花見ればそのいわれとはなけれども 心のうちぞ苦しかりける

  春を経て花の盛りに逢い来つつ 思い出多きわが身なりけり

  

 なぜ西行はかくも桜の花にこだわるのか。昔の人とは誰なのか、心が苦しくなり、何を回想して思い出多きわが身と言っているのか。

れは身分違いの心の恋人、桜の花を連想させる顔を持つ、璋子皇后への思慕の外に考えられない。

  このことは世に知られており、世阿弥は能『恋の重荷』で、庭師が高貴な女御に恋をし、重い庭石を担いで回れば姿を見せるという事を信じて、遂に重荷に耐えかねて死んでしまう。このテーマは璋子皇后と西行を連想させるに十分である。

 

  願わくは桜の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃

  佛には桜の花をたてまつれ わが後の世を人とぶらはば

 

 西行終焉の地と言われる、大阪府河南町の弘川寺には、私は桜の頃二度訪ねたことがある。この歌のように墓には桜の花が奉られていて、前の広い庭で弁当を広げたことを思い出す。桜の頃は是非一度は訪ねて、西行を偲んで頂ければ。

 

    

      建礼門院璋子―京都法金剛院藏            西行の墓 弘川寺