たけくらべ―樋口一葉
また樋口一葉の「たけくらべ」を読んだ。何回読んでも素晴らしいの一語に尽きる。明治以降の文学者で一番好きな作家である。ある年
東京神田の古書店で「樋口一葉全集」全四巻を買って、今も愛蔵しているが、全作品の中で「たけくらべ」は最高だと思っている。
舞台は明治中頃の吉原遊郭界隈の大音寺前に育つ、十五六歳のやんちゃ盛りの子供たちが、公立学校に通う表町組と、私立の育英社に通う横丁組の二派に分かれて絶えず張り合っていて、祭りの日に喧嘩になる。なお表組の町内に龍華寺の信如、それに吉原の花魁を姉に持つ美登利がいて、二人のほのかな恋も下敷きになっている。
横丁組の鳶頭を父に持つ長吉は、肩に置き手拭い、鼻歌のそそり節、十五の少年のませ方恐ろしいと噂され、同じ町内に住む車屋の丑、元結の文,玩具屋の弥助、団子屋の頓馬らを子分にしている。一方表組の長は金貸屋の田中屋の正太郎、太郎吉、三五郎などを従え、常々通う学校の違う所からいがみ合いが絶えない。そして千束神社の祭りの日、表町の子供たちが筆屋の店で幻燈会に集まって遊んでいる所に、長吉らの横丁組が押しかける。たまたま表組の正太郎が夕食を食べに帰っていて留守だったから、寄せ手は大暴れする。
「たけくらべ」の最後は美登利が十六歳で初潮を迎えて、子供の世界を卒業した時に終わっている。
当時どこでもあった子供たちの喧嘩だが、一葉はその子供たちの世界を子供の目線で描いてる。このような小説家は後にもない。後の「にごりえ」は完全な大人の世界を描いている。さらに「たけくらべ」には今に残らない吉原遊郭の情緒的な点景がいくつか描かれていて、今は跡形もない遊郭の面影を描いた古典的価値を持っている。また書かれた当時、貧困であった一葉自身の嘆きも見られず、ひたすら抒情の世界を描き切っている。話の筋立て、見事な文章、ところどころに見られる古典の教養など、この小説は格調高く、しかも文語体で書かれているのもそれを高めている。
これを読んだ当時の正岡子規は「一葉,何者ぞと」と一驚し、森鴎外も一葉の熱烈なファンになっている。惜しくもニ十五歳で亡くなった樋口一葉は明治の宝であり、若き小説家でありながら、彼女の肖像が5000円紙幣に登場しているのも、故なしとはしない。造幣局に賛意を表したい。
樋口一葉 美登利 作画 鏑木清方
一葉の店先を廓通いの賑やかさ 酉の市で賑う吉原遊郭
作画木村荘八



