私の愛した詩人 14 三好達治
詩集 『測量船』
春の日 甍の上
春の岬旅の終わりの鴎どり あはれ花びらながれ
浮きつつ遠くなりにれるかも をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
母よ―― うららかの足音空にながれ
淡くかなしきもののふるなり をりふしに瞳をあげて
紫陽花いろのもののふるなり 翳ーかげーりなきみ寺の春をすぎゆくなり
はてしなき並樹のかげを み寺の甍みどりにうるほひ
そうそうとが風がふくなり 廂ーひさしー々に
風鐸ーふうたくーのすがたしづかなれば
時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ 少年
なきぬれる夕日にむかって ゆうぐれ
りんりんと私の乳母車を押せ とある精舎の門から
赤い総ーふさーある天鵞絨-びろおどーの帽子を うつくしい少年が帰ってくる
つめたい額-ひたいーにかむらせよ
旅急ぐ鳥の列にも 暮れやすい一日に
季節は空をわたるなり てまりをなげ
空高くてまりをなげ
遠くかなしきもののふる なおも遊びながら帰って来る
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私は知っている 閑静な街の
この道は遠く遠くはてしない道 人も樹も色をしづめて
空は夢のように流れてゐる
三好達治 明治33~昭和39年 大阪南久宝寺町生れ。三高・東大卒。戦後の代表的な抒情詩人。そのなかの代表的な「乳母車」は、幼年時代、大阪にまた゜御堂筋が出来ていなかった時代、一番広い堺筋での子守時代の想い出の歌と言われる。「赤い天駕絨の帽子」は親戚のビロード商から妹におくられたものだという。淀屋橋の北詰。
市役所の南の歩道に「乳母車」の詩標がたてられている。