中宮寺の弥勒菩薩 | 閑話休題

中宮寺の弥勒菩薩

 法隆寺の東に中宮寺がある。法隆寺と同じ7世紀初頭に建てられた古刹で、聖徳太子の御母、

穴穂部間人ーあなほべのはしひとー皇后の御願寺の寺で、いつ頃からか間人皇后を中宮と呼ばれたところから、いつしか中宮尼寺と言われるようになった。

 創建当初の寺の遺構は既にない。その中に半跏して思惟されている本尊の弥勒菩薩が残されていて、素晴らしいお姿を拝むことが出来る。

  白鳳時代(大化の改新~奈良遷都の間)の名作で、 渡来人の作と思えるが、どのような人が造ったのだろうか。奈良や鎌倉時代彫刻のような写実性がないが、大らかで素朴、それでいて気品があり、国家の隆盛期の気が現れている、大傑作である。

 

 私が初めて弥勒菩薩にお会いしたのは、昭和27年頃のことで、当時宝殿はなく、庵室の玄関、3~4畳半の玄関に、黒ずんだ厨子の奥に、美しい弥勒菩薩が微笑んでおられるお姿が、咫尺の間に拝むことが出来た。

 弥勒菩薩は釈尊の滅後、56億7千万年の後に、我々の住む人間社会に出現し、大衆を救済されるという未来仏である。その間、瞑想にふけっておられるのか。「神々しいしいほどに優しい魂いの微笑―

和辻哲郎『古寺巡礼』―とをされている。その微笑みに吸い込まれそうである。

 

             まどろみと御口許の跡ゆえに 斑鳩道の春は恋しき

      幾世にも身は三界に半跏して 愛――しきまどろみ解かせ給うな

      拝―おろ―がめば心騒ぎもおきぬべし 思惟みほとけはいとほしきかも

      いろ落とし半跏を解きて今の世に 推古美人と化して給へや