三人の女人
今日まで長らく生きて来て、いろんな人と交わって来たが、今も私の心に強く残って、忘れがたい三人の女人がいる。
一人は母の兄嫁である。戦前のお盆には、ご先祖の墓参りと子供の夏休みの遊びを兼て、家を出て独立した男や、他家に嫁いだ娘などが、子供たちをつれて実家に里帰りする習わしがあった。私の母の実家には家族のほかに、集まった男女4人、子供たちが8人が加わり、田舎の広い家の中は、郡鳥が飛び交うような騒然たる騒ぎの中、三度の食事や、子供のおやつ。洗濯など、兄嫁の忙しさは大変で、親たちが帰っても、子供は暑中休暇で居残り、子供たちは遊びに夢中であった。
そんな毎日多忙な中でも、母の兄嫁は嫌な顔は一切見せず、子供にも平等に優しくもてなしてくれた。当時の写真を見ると、私は小学校入学前の5~6歳くらいであったが、幼い子供心にも、「いい人だなあ」と思った程である。この背のすらりとした兄嫁の一視同仁、観音菩薩のような慈悲の面影を、今も思い出すのである。
もう一人は芸者上がりのお茶屋の女将である。財界のお歴々も集う、その筋では知れたお茶屋に、私は偉い上司に連れられて30歳頃、宴会の末席に連なった。その女将は若い者に向かって、「偉い人はいずれ止めて行かれるが、あんたたち若い人はこれからや。大事にしておかないと。」ともてなしてもらった。小唄を始めて教わったのもこの女将であった。すらりとした美人型で、客人には如才なく接し、何よりも人間にケレン味がなく、誰からも慕われる素晴らしい心の持ち主であった。
最後の方は、これもさる有名なクラブのママである。財界や地元の人たちからは誰彼なく
愛され、このクラブがはゃっているのは全くママの人柄からであろう。性格は上のお茶屋の女将を若くしたような、明るいカラッとした性格で、ある時私はそのお母さんに、「いい娘をお産みやしたね」 といったことを覚えている。女の持つ悪い情念を置き忘れて、生れ育った、女人として徳を持った人で、今も現役である。