老生は易く、老晴は難し
伊庭貞剛『幽翁』に出てくる名言である。住友理事として、明治28年から、鉱害で揺れる別子銅山を、多額の費用をかけて外国技術を導入して大改造し、民需・軍需の銅供給に多大の貢献をされ、明治35年に住友総理事・高等一級に昇進された。54歳の時である。
ところが.かねて期するところあり、58歳の時、住友はじめ各社の役員を辞退された。大阪の実業界からは、古武士然たるー翁は近江源氏の末裔ー人柄・識見・手腕から翁の引退を惜しむ声が高まった。だが翁は本家の当主からの説得も断り、一切の公職を断って、故郷近江石山に隠棲され、悠々老後を自然との中で過ごさんとされた。
人間は社会において十分働き、地位も得たら、およその人間はその地位にしがみつくものである。ただその職を離れた後、健康に気を付けておれば、天の許す限り生き長らえる。でもその老後を毎日すがすがしく心豊かに、且つは心晴れ晴れと生きている人は何人いるだろう。
まことに老生は易しいが、老晴は難しい。それには心の努力を必要とするからである。