・マクドナルドのCM「タラッタ・タ~タ~」は同じ音程
・アフラックのアヒルの「アフラック」は声も音程も全く同じ
・ダイエットコークに、コークゼロも追加されていた。(ゼロコーラは日本の方が早かった)
・ダイエットペプシもペプシゼロが追加されていた。
・すごい量だったウェンディーズの「ビッグクラッシック」は確かめられなかった。
・テキサス州のマクドの朝メニューは2ドルで量が多い。しかし甘くて食べられない。
・ヒュンダイ(自動車)の発音は「テキサス州ではヘンダイ、ネバダ州ではハンダイ」と聞こえる。
・Historic Hwy66は20代のときのHwyと同じ作りだった。(①対面通行 ②センターラインは黄色スプレーで手書き、黄色いプラスチック反射板が路面からちょっと出ている。 ③路側は土)
・ラスベガスからキングマンまでの道で通ることになっていたフーバーダムはバイパスされていた。
・Hwyは対面通行がとても少なくなり、制限速度が上がっていた。
・片側2車線、速度80マイルの道を65マイルで走行していたら、テキサスの常識に合わず、クラクションを鳴らされた。
・勢いよく走行していた回りの車が急に速度を落とすと、必ず速度検知器(レーダ、赤外線)があった。(日本から持参すると良い)
・都市と都市の間のHwyは一本道なので間違えることは、ほぼ無し。
・都会のHwyは速度も速く地図が覚えられなくなったため100%間違う。
西海岸の都会のHwyを今回もう一度走ったら間違うだろうと感じた。
・車の量がかなり増えており、昔からの大都市は車線も狭くなり結構機敏なハンドル操作を要する。
・悲しいことに運転中に地図をパッと見て覚えられなくなった。また、道中の地名も忘れてしまうようになった。
これを補うものとして、GPSポータブルナビは非常に助かった。都会では必須。
道を間違っても再度案内をしてくれる。また、ホテルの住所を打ち込めば案内してくれる。こんなに楽なのかと思った。
・カーナビはアマゾンUSAで永久更新権利付きの中古品(GAMIN5インチ)を購入。操作は感覚でやるとまあまあできた。
偶然、米国のトラックストップでもGAMINの品数が一番多かった。
・なお、米国はスマホでナビして、それを車の画面で表示するものが自動車は一般的だった。
・日本の自動車用品店のような店舗数件に入ったが、オイルの種類は少なかった。またオイル添加剤は非常に少なかった。(日本が変なのか?)
・Mobil1は40年ほど前に日本でも発売され、当時の米国で「2万マイル無交換」と画期的なオイルだった。今でもそうなのかオイル缶を見たらMobil1は書いてあった。(2万マイル≒3万キロ)
・オフラインで作動するスマホの音声通訳があった。(何種類もあったが、Google翻訳をインストールした)
旅の後半で存在を知ったため、使用していないけど、エルパソ空港で代車のときに受付の人が使ってくれて、便利だと分かった。
・老眼鏡2個、爪切り、ライター、裁縫道具、ノートパソコン(スマホの文字は老眼で見えにいくため)は必須。
・東アジア系の米国人がするように大きな声で、堂々と単語を並べていくと相手は理解してくれる。
・車中泊は面白いけど、体力的にきつかった。若いころは20時に寝て10時間後の明け方に起きれば大丈夫だったが、今はダメ。次回があるとしたら安宿で連泊にしましょう。
・サウスパドリ島の水道水を鍋に入れて乾くと塩粒がつく。
ラスベガスの水道水を鍋に入れて沸かすとアルミ鍋が黒っぽく変色する。(体には影響ないらしい) ラスベガスではホテル備え付けの氷を溶かして使うと、鍋は黒くならない。
・ローカル地域、ラスベガスのメイン通り以外では東洋人は珍しく、配慮も受けた。なぜか皆さん東洋人の白髪の爺さんに優しく声をかけてくれるようになっていた。
・ガソリンスタンドでガソリンを入れて、その場に自動車を置いといてスタンドのコンビニで買い物をしている人がほとんどであった。
・トランプ前大統領の赤色の帽子は共和党事務所で無料でもらえるかと思ったら、お店で25ドルもした。(買っていない)
・ラスベガスの地域のスーパーで午前中に買い物した際、ヨタヨタ歩く年配の方や電動車いすの方が多く、マスクも年配者はしていた。でも大型のウォルマートは普通に歩ける健康体の人ばかりでマスク着用者はいない。
新型コロナ検査キットは通販で無料(1か月分まで申し込める)。予防接種も無料。
ヒアリング能力は上がったが、聞いた単語や熟語の意味を忘れているので、ちょっと残念。
またこうやって日本語で考えて文章を打つと、日本語で考えるので、英語で思考するところまでいきませんでした。
20代のころからアメリカの変化を見るのが楽しみだったのです。物価の違いか大きくなり、「知力・体力・運転能力」の低下・ついでに今月からお給料も旅行できるものでなくなったので、今後はぼちぼちです。(まずは右肩を動かせるようにケアしていきます)
10代のとき、米海軍に勤務して定年を迎えたら、世界中の海軍基地への輸送機の貨物倉に無料で夫婦で乗せてもらえる(騒音はすごいが横になれる)とNHKの放送で知り、そのときのあこがれと、ジョニーアップルシード物語が今につながっているのかなあと思っております。(日本国籍では米海軍の正社員になれませんでしたので地元の民間会社に就職。)