本日、2015/3/30をもってくらげは解散となります。
きっかけは、何を隠そうこの自分です。
くらげの音楽も、メンバーも、今も昔も変わらず好きなのですが、
しばらく前から、違った形で音楽活動をしたいと思いはじめ、
その欲が強くなると同時に、自分の中でバンドに対するモチベーションが少しずつ下がっている事に気がつきました。
くらげというバンドは、「音楽で生計をたてる」という事を目標の上位にしており、僕自身この2年半、何よりもバンドを最優先に生きてきました。でも気持ちが変わってしまった今、ごまかしながらバンドを続けるという選択肢が自分の中には無く、非常に悩んだ結果、足を引っ張ってはいけないと思い、脱退という結論になりました。
少し前に、この気持ちを二人(硝子ちゃん、たくみん)に伝えて話し合った結果、解散のはこびとなりました。
くらげを結成したのは、2012年で、今でも昨日の事のように覚えています。その頃バンドをやりたいという気持ちが強く、特に邦楽を聴きあさっていました。とにかくCDを買いまくり、フェスを観に行きまくっていたのです。お客さんとして、名古屋のサカエスプリングにピロカルピンを観に行ったのもそのころです。それを機に、自分もこのようなフェスに出たい!音楽に打ち込みたい!音楽を生活の主軸にしたい!と強く思うようになりました。
ちょうどその頃、硝子ちゃんときたじー(旧Ba)がバンドのメンバーを探していまして。
当時、硝子ちゃんのソロ時代の音源を聴いた僕は衝撃を受けました。「春風」という吉崎硝子の名曲です。メロディ、透き通るような声、そして春を匂わす歌詞が印象的で、これだ!と思いました。その時、仕事も忙しく、少々疲れていたのですが、家に帰って、春風を毎日毎日エンドレスリピートして癒されていたのをよく覚えています。
そこからはあっという間の二年半で、短いような、長いような不思議な気分です。
・balcony TVに出たり、
・渋谷のディスクユニオンでキミシダイを表置きしてくれてて、嬉し泣きしたり、
・名古屋サカエスプリングに出演者として参加できたり、
・憧れのピロカルピンさんらと共演できたり、
・様々な素晴らしいバンド(タイバン)、アーティストに出会えたり、
・関係者皆様、お客様から励ましの言葉を頂いたり、
・活動後半、心強いBa.たくみゆうきが加入してくれてめちゃ引っ張ってってくれたり、
・お座敷コブラさんがキミシダイを舞台で使ってくださったり、
etc・・・
ここでは書ききれないほど、思い出深い事、嬉しい事があり、本当に唯一無二の体験でした。
一方で、音楽で生活の主軸を築きたいという思いと、バンドの現状の乖離に、悩み苦しんでいました。乖離がわかっているのに、それに対して満足に動けなくなってきている自分が嫌でした。
楽しみながらゆるく続けるというコンセプトであれば、また違った結果になっていたかもしれません。でも音楽に対して、信頼できるメンバーと真正面から向き合ったこの2年半は本当に心地良かったです。
自分は、今までとは違う形にはなりますが、音楽を続けます。
くらげとして作った作品達は、今後たまにでも思いだして聴いて頂けたら嬉しいです。あー、あの時ライブ行ったなぁとか、こんな人達いたなぁとか。
最後になりますが、
メンバーの硝子氏、たくみん
お世話になった、ムールルミちゃん
加入のきっかけを作ってくれた、きたじ
今までに共演して下さった皆様
ライブハウス、主催者などの音楽関係者皆様
ライブに足を運んで下さったお客様
くらげを応援し、支えて下さった全ての皆様に、心から御礼を伝えたいです。
本当に本当にありがとうございました。そしてごめんなさい。
いつかまたどこかで。
