かっこいい

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大人になるってどういう事かなーって
昔から考えてた。

私は小さい時から
早く大人になりたい願望が強くて、

周りの友達が学校を卒業する時に
まだ学生でいたーい!って言ってる気持ちが
全然理解出来なかった。

早く高校生なんて終わらせたかった。
だって学生なんて縛りが多すぎて
凄く不自由だと思ってたから。

未成年って言葉が凄く嫌いだった。

大人に囲まれて育ってきたっていうのも
あるかもしれないけど。

(今思えば私の周りにいた大人たちは
全員役者だったからかなりぶっ飛んでる人ばっかりだったな。今もだけど。笑)

成人して未成年じゃなくなって、
一般的には大人とされる境界線を越えた今、
自分が大人っていう感覚が全くない。

まだまだ憧れる人たちは遥か遠くの場所にいて、
その人たちには自分なんて到底及ばなくて、
なにも変わってなければ成長もしてない。

変わった事と言えば
世渡りする為のどうでもいい処世術身につけたりとか、まぁいいかってお酒で流せる1日の終わりがあったりする事ぐらい。

あと、
人には切っても切れない縁があったり、
反対に切らなきゃいけない縁もあったり、
全部ご縁で繋がってるよなぁ、
そういう事って多いなぁって感じるようになった。

現実は、
不自由を感じてた未成年より、
自由になった成人の方がよっぽど窮屈でした。
それが社会というものなのかなーとか
やんわり思ったり。

なんかさ、
学生の時のあのマリオの最強無敵モードみたいな感覚どこ行ったの?!

目の前にはいくらでも可能性が広がってて、
失敗しても何も怖くなくて
飛び込んでくるもの全部に全力投球できて
何が降ってきてもキラキラに見えて
真っ裸で立ち向かって行けるみたいな
モチベーションどこに消えたの?!

まぁこれは大人になったから
無くなったとかじゃなくて
今の自分の心の場所だとは思うんだけどね。

別に生きてる事に対して
今がすっごい無気力とかじゃなくて!

ただ、
なーんか何やるにしても
変に怖いものばっかりに
なっちゃってるんだよなぁ。

だってさ、まだ負けた事ない勝負する時って
やるっきゃない!みたいになるじゃん。
負けた事ないんだもん。
でも一回負けを知ると勝負に恐怖が産まれるから、その恐怖に勝たなきゃいけないじゃん。
その壁をバンバンバンバン壊して行ってる人ってなんか大人な感じする。感じね、感じ。

20代になったばっかりだし
(ていうか20代あっという間だよって
ずっと言われてきたけど本当だね、
こないだハタチになったと思ったら
もう21になっててびっくりしてるもん。
転がるように走る片鱗を見てる)

やりたい事いっぱいやればいいんだけどさ、
まあ私が1番何がやりたいかって
芝居しかないわけで。

芝居してる時は幸せだなぁ。
無敵モード戻ってくる時もある。

芝居してない時にね、ふとね、思うんです。

かっこいい大人になりたいんだよなぁって。
漠然と。かっこいい大人になりたくて、
かっこいい人間になりたい。

でもかっこいいって何だろうなって。
それだけなのもつまんないなって。
なんか、時にはかっこ悪いのって
愛おしかったりするじゃないですか。

かっこいいの定義とかはわかんないけど、
自分の好きな事を愛してる人ってかっこいいなって思うし、人を幸せにできる事はかっこいいなって思います。

「歳を取ったからって大人になったとは限らない」ってセリフが出演した舞台であって、
確かにそうだよなぁって。

沢山歳を取ってても、
思いやりとか優しさとか経験とか感謝とか色々足りてないかっこよくない大人いっぱいいて、
結局人じゃんとか思ったりする時あるもんなぁ。

大人になりたい!って背伸びしてる時点で
子供だよって言われたことがあって
図星すぎて背伸びするのやめたよね。

焦らず経験ゆっくり積むとかして
成長していきたいんだけどね。

時間って有限じゃないからね。
そんなことも言ってられねぇ!って
焦るよねー。走っちゃうよねー。

とにかく経験!経験!
若いうちの苦労は買ってでもってやつ!
そして記憶を塗り重ねていきたい。

大人=かっこいいとかじゃなくて、

人間がかっこよくなれるまでには
歳を取るっていう経験と時間が必要で、
それが結果的に大人って言われてるのかなーって。

憧れのかっこいいを目指しつつ、
怖いもの知らずの無敵モードを取り戻したい
今日この頃なのでした。

考えてもしょうがないこと
ぐちゃぐちゃ考える癖がある森岡です。
まあ今はこんな感じです。
人生なるようにしかなれへん。
以上です。

森岡里世