艫作隧道

 

探索日 2025.04.26

公開日 2026.05.13

所在地     青森県深浦町


漁港の穴

2025/04/26  10:46  《現在地》

 

青森の西南に位置する世界遺産の街・深浦。

そんな深浦には日本海に大きくせり出した舮作岬がある。

舮作岬にはかの有名な黄金崎不老不死温泉があったりと観光地として賑わっている。

そんな観光地への入り口となっているのがJR五能線の艫作駅だが、駅前の通りから一本海側に抜けると廃隧道があるという噂を聞き、五月の少し肌寒い日に現地を訪れた。

 

舮作は不老不死温泉が有名になる前は田舎によくある僻地そのものであり、観光客など滅多に来るような場所ではなかった。

元来ハタハタ漁の水揚げ港として生計を立てる漁師の街である。

(地名が舮作と艫作で分かれているのはただ表記の違いなのだろうがなかなか面白い。)

舮作漁港を陸側に振り返ると一つの隧道が顔を表す。

 

これが艫作隧道である。

岬の巨岩にポツリと開いた穴はどうも現道の旧道のようだった。

いかにも廃の空気を醸し出していて良い。

隧道前には簡素な柵が設置されているが、造りが雑なため隙間から容易に入り込めた。

だが廃になってからの時間は相当の物だろう。

柵を超えると沼地が広がっており、長靴がないと怖い。

山側はいかにも削り取ったようになっており、それが風化したことによってかなり脆くなっており落石に注意が必要だ。

まあさすがに探索中の一瞬に落ちてくるほど私が不運では無いと思うが、その時はあっさり負けを認めるほかないな。

私がわざわざ柵を越え、沼地を進んできたがそこまで苦労する必要はなかったようだ。

なぜかわからないが梯子が架けられており、今でも人が立ち寄っているようでもあった。

梯子自体それほど古いものには見えなかったし。

頭上には大きな大きな一枚岩の絶壁が立ちはだかっている。

下部は明らかに人の手が入っているが、その上は自然による作品だ。

あの高さから落石が来たら一発で死ねるな。恐ろしや。

そしてこれが艫作隧道内部である。

隧道自体の保存状態は悪くないが、如何せんゴミが多すぎる。

どうやら何者かによって倉庫として使われているようだ。

そして洞内も水没しており、足元にはヘドロがたまった池となっており、これ以上進むのはやめた。

私まで廃の世界に取り込まれてしまいそうだった。

 

坑門には面白い造りがあった。

なんと坑門上部に木材が使われているのである。

隧道の建材として木材を使用することは非常に珍しい。

普通すぐに朽ちてしまう木材は隧道にはあまりにも不向きである。

厚巻と岩盤の間に木の板が挟まれているのは全国中見てもここだけではないだろうか。

そしてさらに木造隧道を彷彿とさせる物があった。

 

 

これは、、

 

木筋じゃないか?

 

日本においてコンクリートやモルタルの補強として内部に鉄筋を入れるものが主流であるが、戦時中などの資材が不足していた時には鉄などは使えず、代用として竹を使用した竹筋(ちっきん)が使われていた。

これは現在でもこの工法を使用した建造物が残っており、有名どころでいえば大間線二枚橋橋梁や厳美渓長者滝橋などがあるが決して多くはない。

木筋ともなれば証言例も現存例もない。

竹筋になる前に木材に注目が集まったことは確かだが、当時はコンクリートよりも高価な物だったため実用にはいたらず竹筋になったとされている。

この隧道は詳しいことは不明で正式な名前すら分からない(今回は近くの艫作駅からとって艫作隧道と仮称している。)のだが、建造年は1970年代とされており、そこまで古いものではない。

1970年代は森林鉄道期であり、木材の需要は高かったものの供給も多かった。

この隧道も安価に抑えるために材料に木が組み込まれたのではないだろうか。

 

全景を見ると普通の道路用隧道よりも背が高く細長い印象だ。

道路隧道というよりも鉄道隧道に近い。

この楕円型の坑口を道路で見ることはそうそうない、ある種珍しい隧道なのかもしれない。

内部からの踏破は水没とゴミの現状を見て諦め、現道をぐるっと回って反対側の坑口(不老不死温泉側)へと向かう。

 

 

 


たどり着けぬ穴

 

2025/04/26  10:53  《現在地》

南側と比べ随分と長い坑口だ。

どうやら北側坑口は分厚いコンクリートによるロックシェッドを兼ねた物になっているらしい。

やはりこのあたりは崩れやすい性質なのだろう。

隧道の寿命を縮めたのもこの立地にあったのかも。

隧道の山側には砂防ダムがあり、水がこちら側へと流れてきている。

少し嫌な予感がした。

それは隧道に近づくほど鮮明になっていった。

 

イヤな予感は的中した。

薄々感づいてはいた。洞内が水没している時点でどこかに水源があり、そこから洞内へと流れ込んでいることは気が付いていた。

ただこの量は想定外だった。

私の前に現れたのは川だった。

旧道部分は完全に水没しており、深さもひざ丈あたりまで来ている。

その水源はやはりさっきの砂防ダムだった。

ダムから流れ出た水は行き場を失いここに溜まっているのだ。

この状態ならもう二度と車であの穴にたどり着くことはできないだろう。

2000年頃とされる廃止から20年の月日が経ち、景勝と呼ばれたかもしれない山肌は隧道に牙をむき、共に流れていた沢は無様にも隧道を殺した。

この隧道は自然とともに歩む宿命だったのかもしれない。

目の前の川はこの地から人間を遠ざけているのだ。

 

この場所に隧道が掘られた理由は、昔はあの隧道部分が海ギリギリに位置していたからだろう。

そうでなければわざわざ製造コストの高い隧道など掘らない。

今の道は埋め立てによって生まれたものだった。

ただ場所が悪かった。それだけで隧道というのは運命が大きく変わるのだ。

それが隧道の深いところなのかもしれない。

私はもうその魅力に取りつかれてしまっていた。

 

完。