きょうゎ、夜のカウンセリングの授業で



LGBTについてのパネルディスカッションがありました。



LGBTとゎ、



Lesbians, Gays, Bisexual and Transgendered の頭文字をとったもので



パネラーには、レズビアンの方が3人と、ゲイの息子さんを持っている方の4人でした。



カウンセリングの先生が、カウンセラーになるに当たって、



いろんなdiversityの人たちを知ることは大切だってことで、



このパネルディスカッションが開かれることになりました。



日本で、こんな大々的にこの問題を取り上げることはあまり聞かないし、



しかも、パネラーの人たちは、うちの大学の生徒だから



カミングアウトをすることはすごく大変じゃないかなぁって思ってました。




うちのクラスには年は20歳から上はたぶん60歳の人たちまでいるんぢゃないかな。



それに加え、クリスチャンのひとが多い。



それもあるのか、パネルディスカッションは、今まで経験した中で、一番白熱したものになりました。



4人の中の2人はカップルで、5年以上一緒にいるそうです。



そのカップルの片方の方が、以前男性と結婚したときにできた子どもたちを



今二人で育てているそうです。



ニューメキシコ州では、以前の夫が認めれば、女性もしくは男性二人で子どもを育てることは認められているそう。


まだ、同性愛結婚は認められていませんが。。。



子どもたちも、それを普通だと思っているし、恥ずかしくも思っていないようです。



むしろ誇りに思っているようで、すごく理想的な家庭だなって思いました。





パネラーの人たちが強く言ってたことは、



"dont see im lesbian, see who i am"



私がレズビアンどうのこうのよりも、「私」をみて






この一言に尽きると思います。



minorityの人たちはどうしても偏見だけでキャラを決められてしまう



そんなのは違うと思う。



ストレートだから、ホワイトだから、バイブルはこういってるから、、、



そんなので誰がよくて誰が悪いとかjudgeするべきぢゃないと思う。



50くらいのおじちゃんが



「この世界では私はjudgeできないけど、天国という世界では神が裁く、



それでもhomosexualを貫くのか?adamとevaによって人間は作られたんだ、



決して男と男、女と女から作られたんぢゃない。」



とかすごく力説してました。



キリスト教については勉強してたけど、キリスト教信者の意見をこう生で聞くと



圧倒されました。



うーん。。。



たしかに、キリスト教の観点から見たらそうなのかもしれません。



実際、パネラーの方々も、キリスト教信者の方がほとんどでした。



だから親にカミングアウトするのがすごくしんどかったようです。



それぞれ意見を持っていることはいいことだと思います。



でも、カウンセラーが自分の考えを押し付けるようじゃ、クライアントをさらに追い込んでしまう。



ただでさえ、一番近い親にさえもカミングアウトできないのに



カウンセラーから「お前が間違ってる」って言われた日には



クライアントはもっと苦悩を抱えることでしょう。



自分の意見は内に秘めておいて、クライアント自身を理解する心がないと



カウンセラーは勤まらないと思います。



クライアントを理解するために協力してくれたパネラーの方々を



おじちゃんはだいぶ怒らせてしまったようです^^;



最後に、ゲイの息子さんをもっているおばあちゃんの一言がすごく心に響きました。



「息子は、11歳で自分は他の子と違うと気づいたようです。



しかし、私たち親に話してくれたのは19歳のとき。



最初はすごくびっくりしたけど、この8年の間に親にも話せず



一人でずっと悩んでいたのだと思うと、かわいそうでなりませんでした。



なぜ早く気づいてあげなかったのだろうかって。



彼がゲイだとわかっても、私たちが息子を愛する気持ちは少しも変わっていません」




すばらしい親だなって思いました。



私がまだ親になってないからわからないのかもしれないけど、



こどもをこれだけ愛せる親に自分もなりたいなぁってこの言葉を聞いて思いました。







このパネルディスカッションを通して再確認したことは、



「この子はブラックだから」



「この子はゲイだから」


て最初から決め付けて付き合うのではなく



「○○ちゃん」「○○くん」ていう個人として人間を見ることが一番大切なんだってコト。




でも、どうしても偏見って生まれてしまうもの。



テレビの影響だったり、昔の人の影響だったり、育った環境だったり。



こうやってしっかり勉強して、minorityの人たちの苦しみを理解して



すこしでも手助けができるような人がいっぱいいれば



もっとたくさんの人が過ごしやすくなるはず。



それがこの授業を受けている私の使命なんぢゃないかなって思いました。




今日は、すごくいい経験ができました。


日本でも少しずつ受け入れる体制ができてきてるけど


アメリカに比べたらまだまだ。


国民性もあるのかもしれないけど、


偏見を少しでも取り除いていかないといけないですね。



教員になるあたしにできること、何かあるんぢゃないかな。


道徳の授業か何かでこの問題について取り上げれればいいな。


思春期の子どもたちにはどう教えることができるかなぁ。。。



まだまだ、考えないといけないことがたくさんありそうです^^




#mai#